猫又川でのんびりと｜リアクション

猫又川でのんびりと

　猫又川の源流を覆い隠すかのように木々が生えている。その一本の木の枝に烏丸エリオが座っていた。太い幹に背中を預けて腕を組み、まるで眠っているかのようだった。
　そこに騒々しい足音が聞こえてきた。リュックを背負った北影太郎が元気に腕を振りながら現れた。
「温泉を探しに行こうぜ！」
　エリオのいる木とは別の方向に向かって叫んだ。
「影太郎らしいわー」
　のんびりとした声を出して枝に立ち、徐に飛び降りた。首に巻いた黒っぽいマフラーがカラスの羽のようにはためく。川辺に降り立つと影太郎が笑顔で振り向いた。
「おはよー、エリオ。なんか眠そうだけど、大丈夫かよ」
「心配いらんてー。まあ、いつも眠いねんけどな」
「いつものように眠いなら、大丈夫だよな！　じゃあ、川を下って行こうぜ！」
　影太郎は横に目をやる。鬱蒼とした木々に向かって大股で歩いていく。
「僕は思うんやけどな。川を下るんならそっちはないわー」
「ヒーローに試練はセットだぜ！」
　影太郎は親指を立てて言い切った。妙な説得力にエリオは、せやなー、と少し眠気が取れた表情で答えた。
　二人は木々の中を川下に向かって進んだ。早々と巨大な岩が行く手を阻む。試練やわー、とエリオが呑気な声を出した。
「ここは俺に任せろ！」
　影太郎はエリオの胸元に腕を伸ばす。後ろに下がらせたあと、背中のリュックを降ろした。中に腕を突っ込んで底の方を漁る。あったぜ、と細長い懐中電灯を取り出した。
　急いでリュックを背負い直す。
「ここは俺に任せろ！」
　仕切り直しなのか。同じ台詞を叫んだ。
　手にした懐中電灯は腹部に当てる。一気に引き抜くと光の剣が現れた。影太郎のろっこん、『ムーンライトソード』であった。
「俺の月光剣の敵じゃないぜ！」
　光の剣を大きく振り被って垂直に振り下ろした。刀身が岩に浅く食い込んだ。その様子を間近で見ようとエリオが前に出てきた。
「岩が大き過ぎるんやないやろか？」
「まあ、そうかもな！　試練はこれくらいじゃないと意味がないぜ！」
「今度は僕の番やなー」
　眠そうな目に強い意志が宿る。素早く両手で印を結ぶと服を貫くかのように大きな一対の羽が現れた。エリオのろっこん、『迦楼羅の如く』が発動したのだ。
　一回の羽ばたきが周囲に風を巻き起こし、エリオを空へと押し上げた。その姿を目の当たりにした影太郎が興奮した顔で叫んだ。
「エリオ、すげええぇぇ！」
「僕は鞍馬天狗やからねー」
　宙に制止した状態でエリオが言った。
「空まで飛べるのかよ！　びっくりしたぜ！」
「影太郎も一緒にどうやろかー」
　エリオが下に向かって手を伸ばす。嬉しそうな表情を抑えて影太郎は頭を左右に振った。
「俺はまだ、負けちゃいねぇぜ！」
　言葉通りに岩と対峙した。光の剣を水平に構えて何度も斬り付けた。しかし、両断することは出来なかった。
　エリオは影太郎の失意を思い、少し悲しそうな表情を浮かべる。
「影太郎、失敗は誰でもあるし」
「俺の勝ちだ！」
　影太郎は岩に飛び付いた。手と足を駆使して頭頂に立ち、ズボンで滑って反対側に跳び下りた。
「すごいわー」
　無意識に出た言葉であった。エリオは影太郎が斬り付けていた岩に目を落とす。表面には等間隔の溝が掘られ、梯子を掛けたような状態になっていた。
　二人は易々と岩を乗り越えて先に目を向ける。足場の悪い状態が延々と続いていた。
　歩き出す前に影太郎が自信に溢れた顔で言った。
「この勝負、俺の勝ちだよな」
「そうやね。本物のヒーローみたいやわー」
　エリオの言葉に影太郎は照れ笑いを見せた。
「絶対、温泉を見つけような！」
「僕もがんばるわー」
　二人は笑顔を交わし、緩い斜面を下りていった。