沈黙の恋人たち｜リアクション

沈黙の恋人たち

「エ～、タヌ夫ク～ン、ワッカンナ～イ」
「ウーン、ムズカシイのかなァ～」
「そうじゃなくてェ、タヌ夫クンの教え方が上手すぎて、ワカンナクなっちゃうの～」
「そうかァ……エヘヘ」

　わけのわからないことを言うなッ！！

　二人のために、世界はあるのか。
　図書館二階では、リア充カップルの、勉強と名を借りてのいちゃつきが目に余るレベルにまで肥大化していた。
　まるで別世界の出来事の如く、恐ろしいほどの無関心を貫く三宅葉月のような者もいるにはいるが、大多数の人間にとっては、不快指数はうなぎのぼりに上昇していた。

（リア充、うざいんじゃー！！）

　ぎりりと歯を食いしばるのは羽生碧南。

　彼女は、今日が決戦であった。
　明日は苦手科目『生物』が三時限目にある。

　世界史、地理は得意科目。
　古文は、現代文ほどではないが、そこそこいける。
　実は乙女ゲー愛好家の彼女、歴史もの、古典もののゲームをするにあたり、その魅力を堪能しつくすため、背景資料などを当たりまくるのだ。
　背景を知ればもっと楽しい、というが、激ハードなバスケの後での学習、そこに投下されるエネルギー量はすさまじい。
　恐るべきは乙女ゲー。そのおかげで、テストではそこそこ点数がとれる。

　だからと言って過信は禁物……。
　油断なく復習し、苦手の生物、この問題集をもう一度解き上げる。
　かなりハードだが、部活動で培った精神力がある！

　だが、思わぬ伏兵がいた。

「もう一回、最初から教えて～」
「最初からって、どこからだい？」
「エ～、最初は、サ・イ・ショ！」

　試験が終われば、封印している乙女ゲーの新作（予約特典付）を思う存分プレイする。
　それを心の支えに、勉強をしている。
　
（ちっとも集中できないー！）

　碧南は、顔を上げる。
　心は決まった。
　最後の手段をとるしかない。

　イヤフォンを装着し、素早くアプリを起動する。

　テストが終わったご褒美に購入しておいた、乙女ゲーム。納豆を擬人化した『納豆乱舞』。
　本来ならばテストが終わった後に楽しむ予定だった。
　だが、リア充の侵略は苛烈を極め、ことここに至って、碧南はちょっとだけ先取りすることを決意した。
　集中力の涵養であり、戦意の発揚である。

　攻撃的なドラムに、けたたましいシンセの音が鳴り響く。
　
（……！）

　碧南の手が止まる。
　溢れてきた切なげな声。混ざる吐息。
　碧南の脳裏に、雑誌で見たビジュアルが浮かびあがる。
　
　酒田塩納豆。クールでルール無用、イリーガルな男。
　彼に、この声優をあてがったスタッフを、碧南は心から尊敬した。
　よくわかっている！
　
　掠れた喘ぎ声のような、目くるめくクライマックス。

　碧南は、眼前の敵をすっかり忘れ果てた。
　勉強などしている場合ではない。