沈黙の恋人たち｜リアクション

沈黙の恋人たち

　二階で雅人がアホ毛を揺らしていたころ、下の階でも触角のような毛をふりふりさせている少女がいた。
　尾花ひよどり。
　寝子小小学２年生。

　本日一階では、幼稚園や小学生を対象にした、紙芝居の催しが行われる。
　ボランティアや職員が、子供たちに向けて紙芝居を読むのだ。
　子供が物語に触れる機会を持ち、地域の交流も盛んになり、母親も託児所替わりに使える。
　好評なイベントであった。

　ひよどりは、一人でイベント参加に来た。

（ひよどりは、紙芝居を見にきやがったのです。
　ひよどりは、紙芝居、好きです。
　紙芝居は、ちわきにくおどるです）

　ひょこひょこ歩くたびに、頭のアホ毛が揺れる。（しゅちにくりんです）

　イベントの始まるまで、いろんな本棚をぐるぐるめぐる。
　いろいろ読んでみたい本がある。気になる題名もある。
　ひよどりはそれらをすぐ借りることはしない。重たくて荷物になるばかり。小柄な彼女には、持っているだけで大変だ。
（ご本の、めぼしをつけとくです）書名を覚える。（おとなのよゆーってやつです）

　慣れた感じで、悠然と本を探すひよどり。

（……！）

　ふと、視界の先に、うろうろ迷っている少女の姿があった。

　劉瑞麗は、寝子島図書館に来るのは初めてだった。
　上海生まれの彼女、日本語の勉強のため図書館に来た。

（本が沢山。人がいっぱい。でもみんな静かにしていてえらい）

　瑞麗は、故郷を思い出す。雑踏、人いきれ。破風からは無数の光が差し、何語かわからない怒号が響く。
　猥雑さは、彼女にとって慣れたもの。さる事情から、トラブルに巻き込まれても何とかするくらいの能力はある。
　たばこの煙は苦手だが。

（図書館に来るのはじめて）瑞麗はきゅ、と唇をかむ。（ちょっと緊張。迷子にならないか不安）
　静粛さ、整然は彼女に慣れない。
　それでも彼女は図書館に来た。
　日本語の勉強のためである。
（カタコト喋れる。でも読み書き難しい……）
　きちんとお話できるようになりたい。
　そして、いっぱい勉強して、いっぱい友達を作りたい。

　そうこうしているうち、やはり迷ってしまう。
　異国の本、異国の文字に囲まれ、静寂の中に取り残されるというのは、なかなか不安をあおる。
　小脇に抱えた、人民服のパンダの人形を、ギュッと握りしめる。

（……）

　その時、自分を見ている少女の姿が目に入った。

「……」

　尾花ひよどりは、チャイナドレスをまとった少女を見る。

（あそこのお団子の女の子、見たことあるです）

　旧市街で、学校でも時々見かける。
　くるりと結わって、艶やかな髪のお団子。
　ひよどりは、かわいいと思う。

（思うです）
　
　ひよどりは、一人頷く。

　ちょっと、声を掛けてみたいと、ひよどりは思う。
　たぶん、波長が合うんじゃないかという、妙な確信がある。

　ただ、ひよどりのぶっきらぼうなしゃべり方は、時に他人の誤解を招いてしまう。

（話しかけ方、話しかけ方……）言葉を探して、ひよどりの視線が宙を彷徨う。

「……」

（あの子……学校と旧市街で見かけた）
　劉瑞麗も、ひよどりが気になっていた。
　髪の毛みょんみょん、触角みたいで面白い。
　気を張っているときの顔がかわいらしく、印象に残っていた。

（思い切って、声かける？）瑞麗は逡巡する。
　たぶん、波長が合うんのじゃないかという、妙な確信がある。

　でも、瑞麗はコトバを上手にしゃべれない。
（あの子は瑞麗（るいり）のこと、知らないかも……）

　小さな喉で、言葉がたたらを踏む。

　もじもじ、そわそわ。

「－－！！」
　午後の光が差し込んで、お互いの顔を照らし出す。

　まともに目が合った！

「あいやー！」

　躰が先に反応し、本棚に隠れる。

（変な子だって思われた？）

　心音が耳に響く。彼女のきょとんとした顔。
　
　アメジストに緑閃の入った瞳に、じわりと涙が盛り上がる。
　パンダの人形、好好を、ぎゅっと握りしめる。

（館内の皆様にご連絡いたします）その時、館内放送が響いた。（間もなく、１階で紙芝居がスタートいたします……）