さぁ、メンタルトレーニング合宿だ！　in　錬心寺｜リアクション

さぁ、メンタルトレーニング合宿だ！　in　錬心寺

「いよいよなのだ！」
　後木真央は興奮した様子で滝に挑み、思わず悲鳴を上げそうになった。予想以上に水温が冷たく感じるのである。
（うひぃ、そこそこ冷たいのだ！？　でも、やってやるのだ！）
　お経を唱え続けていると、だいぶ心に余裕が出てきた。水越しに見えるモミジの紅や、煌めく陽光がとても綺麗に思えてきたのだ。そして、痛みにも慣れればテンションがさらに高まる。
（これはこれで、慣れると面白すなのだ～）
　あっというまに終わり、真央はどこか物足りないという表情になる。けれども、そんな様子に静天はこっそり言った。
　――その『楽しむ心』は、貴方の武器になるでしょう。

　続いては多喜勇生。彼は挑む前こんなことをぽつり、と言っていた。
「何か、『たき』つながりでやらなきゃいけない気もするんだよね」
「『たき』だけに？」
　彼の言葉に、円が思わずつられて呟き、ちょっとの間空気が固まった。
「ごめん、今のは忘れて」
　とまぁ、そんな事もあったが気を取り直して挑む。はっきり言って怖かった。けれども、勇気を出して滝に打たれ……水の冷たさで体が冷え滝の威力で痛みが走る。
（怖さは克服できた。けど、冷たっ！　しかもかなり痛い……）
　舌を噛まぬよう必死にお経を唱え続け、なんとか乗り切った。滝から出た勇生は「がんばったな」と竜司や轟に肩を叩かれ、「死ぬかと思った」と苦笑する。けれども、彼の中では確かに変わった部分があった。
（あんな体験をしたら、自分の悩みがちっぽけに見えてきたなぁ）
　勇生はにっこり笑った。この調子で、残りの護摩焚きもがんばろう、と。

　準備運動を終えた八神修は足から水に入り、徐々に体を慣らしていった。急に水に入る危険性をはっきりと理解している故である（勿論、他の者も滝行前に話を聞いている）。己の順番が来るまで真言や滝行に関する薀蓄を語っていた彼だが、改めて滝を見ると背筋を正したくなった。
（よしっ）
　滝に打たれながら、その冷たさと痛さが体に響く。それでも、少しずつ鍛えてきた体はそう簡単に倒れる事もなく、最後まで滝行を行う事が出来た。
「なんか、心の奥がすっきりしたよ」
　達成感を覚えながら、修は朗らかに笑った。

　滝に見蕩れた北条冬華であったが、彼女は自分の番がくると真剣な顔で滝に向かった。
（確か、礼をするのでしたね）
　丁寧な仕草で頭を下げ、足から水につける。やはり山の水と季節がらという事もあり、冷たさに声を上げそうになったものの、どうにか堪える。慎重に転げないよう気をつけつつ滝に向かい、打たれればその痛みにまた声を上げそうになった。けれども、彼女は顔を上げ、お経を唱え始めた。
（雑念も無く集中する、というのはこういう事なのですね）
　ボクシング部に入って、色々覚えた彼女だが、やはり精神的な強さも大事だと考えていた。精神的に強くなる為にも、何も考えず、ただ集中しようと、より精神を研ぎ澄ます。そうしているうちに、時間が来た。
（無心の境地だったら、試合でもきっと役に立つでしょうね）
　滝から出ながら、そんな事を考えるものの、濡れて張り付いた白装束はどうも気持ちが良くなかった。

　逆巻天野は、痛みへの耐性が多少ある。というのも幼い頃に受けた虐待などで免疫がついているらしい。しかし、その事は胸の奥にしまいこみ、静かに滝に打たれる。痛がるそぶりも見せず、心を込めてお経を唱える。それは、『傷つけたものへの鎮魂歌』としてだった。
　天野は、どこか自分が他人との間に壁を作っていた事を再確認していた。大切な親友を失ってから、彼は学友との交わりから一歩引いて過ごしていたが、今は……。
（痛みの代わりに、自分の弱さを受け入れる事ができたら……、僕も、優しくなれるのかな）
　確かに、大切な人を失う事は怖い。けれども、もう一度、『親友』を大切に出来るといいな、と天野は思った。
　滝から出た彼を出迎えたのは、猫鳴館のメンバーやよく顔をあわせる仲間達が出迎えてくれた。天野は自然と笑い、肯いた。