【少女の笑顔のために】
　再び泣き出してしまったあやこの周りにはいつの間にやら大勢のもれいびたちが集まっていた。
　しかし、彼らの様子もまたツェツィーリエこと野々 ののこと同様に何かがおかしい。
　いつもと明らかにキャラが違う者もいれば、何やら奇妙な格好をしている者もいる。もっとも中にはいつもと大して変わらない者もいるようだが。

【発現（病）した者達〔ＳＩＤＥ Ａ〕】
「疼く……疼きやがるぜ……この右手が、よ」
　握 利平は姿や格好が変わることはなく、中身だけが厨二化していた。
「……なるほど。遠ざかる紅い宝石に何か縁を感じていやがるのかもしれねぇ」
　あやこから事情を聞いた利平は右手の甲を押さえながら、遥か彼方の空を見つめて呟いた。何故なら彼の右手の甲には本来なら海底に沈んだ古き海竜の血が結晶化した紅い宝石が埋まっているはずだったからだ。より正確に言えば今の彼はそういう設定だったからだ。
「泣き止みな、いたずらな小天使。お前の大事な物を奪った鳥――偽りの小悪魔は俺が捕まえてやる」
　利平はおもむろにあやこの頭を撫でてそう言った。それはもうとてもいい声といい顔でそれを言って、どこかへ向かって走り出した。あやこはちょっと「えー……」みたいな顔をしていたが、彼はそれには気づかなかった。あるいは気づかないふりをしていたのかもしれない。


「亞夜呼様の命とあらば……彼の翼、堕としてご覧に入れるっす」
　叛堕 醒夜こと本田 誠也はシーサイドタウンの広場で泣き叫ぶあやこを発見し、前世で主従関係にあった亞夜呼様の生まれ変わり相違ないということを確信した。
　何故なら発現した彼の中では今まさにそういう設定だったから。
　神魂の影響で、醒夜の姿はすっかりメタルな感じになっていた。
　擦り切れたジーンズと肩の部分が破れた袖なしジャケット、右手のみに嵌められた真っ赤なグローブが彼の燃える厨二心を象徴している。
「必ずや彼の白い翼を墜し、レッドクリスタルを亞夜呼様の手に」
　醒夜は恭しく頭を下げて、亞夜呼様こと５歳のあやこちゃんに跪き、心からの忠誠を誓った。
　それに、やはりあやこはちょっと「えー……」みたいな顔をしていたが、醒夜は当然のごとくそれに気づかないままにどこかへ向かって駆け出したのだった。



　この領域の者の魂を救済することこそ我が使命。

「赤き石（レッドクリスタル）の奪還――我が引き受けよう」
　ローゼマリー・シェーフェリン・フリューエシュタインこと恵御納 理沙は神に宣誓するように左手を胸にあててレッドクリスタルの奪還をあやこに約束した。
「我が名はローゼマリー……ローゼマリー・シェーフェリン・フリューエシュタイン！　領域外部の能力者にして暁輝石の魔法使い！」
　理沙もまたうっかりナニカが発現してしまっていたようだった。
　やはり神魂の影響で、いつのまにか姿も変わっている。
　絹のような金髪を青いリボンでポニーテイルにまとめ、青みがかった白のゴシックロリータ風のドレスに身を包んで青い長マフラーをまいたローゼマリーは、白きものを追いかけて意気揚々と広場を去っていった。
　そんな彼女の姿は確かに領域外（よそ）の世界から来た人っぽいなー、とあやこはもうどこか他人事のよう思っていたのだった。



　今日も俺のフツウが脅かされるか。
　
「――来いッ、《刃引き》！」
　御剣 刀は状況を認識すると虚空を真っ直ぐに見据え、守護精霊にして最高の相棒（パートナー）である刃を引き潰した居合い刀《刃引き》を召喚した。
「ここには使者を殺しかねない猛獣も多い。急ごう！」
　刀は《刃引き》を腰に差すと、平和の使者を求めてコンクリートの密林の中へ消えていった。
　あやこはぽかんとした表情でそんな生まれたときから中二な剣術少年の背中を見つめていた。
　刀は神魂の影響というよりもわりとナチュラルにこんな感じだったが、もちろんそんなことをあやこは知る由もないのであった。


「やれやれ、僕はフツウの日常を過ごしたいだけなんだけどね」
　佐藤 英二は名前こそ変化はなかったが、明らかにナニカが発現（病）していた。
　片手をポケットに突っ込み、もう片方の手でふぁさっと真ん中分けの黒髪をかきあげる英二。
　そんな彼は中身こそ厨二化していたものの、外見はごく普通の人だった。
（フツウの人だ！　フツウの人だ！）
　あやこはそれにちょっとほっとしていた。ときとして平凡であることが人を救うこともある。これはまさにそんな奇跡の瞬間の出来事だった。
　しかし、外見はともかくとして、今この瞬間は英二も発現中である。
「いわくつきの連中を相手に宝玉争奪戦となると、僕も"本気"を出さざるを得ない、かな？」
　英二がひゅっと口笛を吹くと、刹那、一陣の風が広場を駆け抜け、かと思うと次の瞬間には、彼の目の前に一羽の大きな漆黒の羽のカラスが出現していた。
　その姿に、そこに集まった者の一部が、一瞬だけぎょっとしていた。
　彼らはみな黒いカラスに思うところがあるらしかった。
　が、そのカラスはあくまでも英二の使い魔《ヤタガラス》だ。
「話は聞いていただろ？　早速、僕と一緒に宝玉を探してくれ。厄介ごとに首を突っ込むのは僕の本意じゃなく、いつものように成り行きだから、その件での説教は後回しにしてくれると助かる」
　皮肉げに口の端を曲げる英二はなかなかのイタカッコよさを発揮していた。
　しかし、せっかく使い魔を召喚したのに、まず最初にホームセンターとコンビニに網と餌を買いに走るあたりが、彼の平凡かつ真面目な性格の残滓が見え隠れしていた。

　　


「ふーははは！　ツェ公、レッドクリスタルの力に魅入られたようですね」
　檜扇 舞華はやや不安定だった。
「平穏の象徴たる白翼への狼藉はこの私が許しません。ここは通称『早足のラビー』と呼ばれた私が穏便に解決するとしましょう」
　何が不安定なのかはよくわからなかったが、とにかく何かが不安定な感じだった。
　ただ目的意識は鳩からネックレスを取り戻すということで一つにはっきり定まっているらしかった。
「というわけで、いらっしゃい！　守護精霊、《カメラさん》」
　早足のラビーこと檜扇舞華が指をぱっちんと鳴らすと、その場に小さな旋風が巻き起こった。
　神魂の影響でウサミミ化したネコミミがまるで自らの意思を持っているかのようにぴこぴこと揺れ動く。
　と、その次の瞬間には、収まった風の中心で翼を生やしたビデオカメラがばさばさと羽ばたいてラビーを見つめていた。
　そんな《カメラさん》のレンズをラビーはにゅっと覗き込み、
「いいですか。首飾りをした白い鳩を探すのですよ？　撮影した映像は逐一私に魔法で中継、オーケーですね？」
　ラビーの言葉に、《カメラさん》はビシッと敬礼をし（翼とは別に手が生えていたので飛行は安定したままだった）、そのまま広場から天高く羽ばたいていった。
「さて、それでは私は雑貨屋さんへ向かうとしましょう。あれとそれを買ってこれをこうすれば――ふふふ、『工作者ジェリー』と呼ばれたこの私のお手並みをとくとご覧あれ！」
　工作者ジェリーこと檜扇舞華は近くの雑貨屋を目指して走っていった。

「……ラビーおねえちゃんじゃなかったの？」

　あやこは呆然とした表情でそう呟いた。
　もし舞華がそこにいたらきっとこう返事をしただろう。

　――早足のラビー？　知らない人ですね。

　不安定なのはどうやら彼女の通称であるようだった。




　双葉 由貴は旅の途中（という設定）だったが、困っている者を捨て置くことはできなかった。
「俺も協力しよう。来い、俺の相棒――ゾーイ！」
　由貴がきりっとした声で叫ぶと、彼の側に控えていた（散歩に連れていたわけではない。断じて違う）守護精霊の《ゾーイ》が勇ましい声で「ワンっ」と鳴いたかと思うと由貴にじゃれついてきた。
「あっ、こ、こらっ、ゾーイ。なにするんだ、くすぐったいじゃんかっ……」
　少し戸惑いながらも、まんざらでもない様子で黒い大きなゴールデンレトリバーとふれあう由貴。
　ほどなくして。
「あ……」
　と、由貴は我に返ったように、顔を赤くしたかと思うと、
「……こ、こほん。と、とにかく俺に任せておくといいっ！　行くぞ、ゾーイ！」
　脱兎のごとく広場から姿を消してしまった。
　あやこはそんな二人（一人と一匹）を見て、
「あのわんちゃん、かわいかったなー」
　少し名残惜しそうにそう呟いた。