寝子島ナイトマーケット｜リアクション

寝子島ナイトマーケット

☆マグロ、無礼講！

　歩き出した渚は、ふと賑やかな声に足を止めた。
「寝子島ナイトマーケットにようこそだ！　さぁ、めいいっぱい楽しんで行ってくれ……特に嬢ちゃんたち！」
　人だかり……というより避けられているような気がするが、その中心に怪しい魚（？）がいた。
「……サンマさん？　いえ、違いますね」
　一瞬サンマさんかと思った渚だが、明らかに違う。
　サンマさんより身がたっぷり乗ったふくよかな体、ワイルドな(魚の死んだような)目。
「今日は弟……じゃなかった、俺様専属シェフが作ってくれたこの『寝子巻き寿司』の歩き販売に来たぜ！」
　黒マグロは、全ての魚類の頂点に君臨すると自負する気高き心を持って打倒サンマさんを目指す、残念ゆるキャラであった。
「祭りはいいねえ、この雰囲気大好きだぜ！　お客さんもみんな楽しそうだしな……寝子島民が笑顔で居る事が俺様の生きがいだ」
　鮪とアボカドを巻いた「寝子巻き寿司」は旨いのだが、たくさんの屋台の中では思ったほどには売れていない。
「しかし、売るだけじゃつまんねぇよな……俺様もロマンティックなアバンチュールを楽しみてぇ！」
　というわけで、マグロはナンパを決行することにした。
「へい！　そこの眼鏡の嬢ちゃん、俺と一緒に『寝子巻き寿司』を食わないかい」
　たまたま目についた渚に声をかけた。
「えっ……？！　私……？　け、けっこうです」
　固まった渚がやっとのことで声を絞り出すが。
「遠慮するなよ、奢るぜ」
　マグロは寝子巻き寿司を取り出す。
「一人じゃ恥ずかしいのか？　それじゃ、そっちの嬢ちゃん達も一緒にどうだい？」
　通りかかった月と冬華にも声をかけた。
「……い、いえ、私たちも結構です」
　勇気を出してきっぱり断ろうとする冬華だが。
「手づくりの着ぐるみかな？　よくできているが……」
　月はマグロさんの着ぐるみデザインに興味を示してしまった。
「おお、わかってるね嬢ちゃん。そそられるフォルムだろ？　いや自前の身体だぜ？」
　着ぐるみということはごまかそうとしつつ、喜ぶマグロ。
「月さん？　これは感心するほどいい出来ですか？」
　なんとか話を打ち切ろうとする冬華の耳に、聞き覚えのある声が飛び込んできた。
「こら、私の教え子に手を出したら許さないわよ！」
「久保田先生！」
　そこには冬華の担任の久保田美和先生と、相原まゆ先生が立っていた。
「おお、そこのナウなヤングの嬢ちゃんたちも一緒に飲もうや」
　気にする様子もなく声をかけるマグロ。
　すでに渚は人混みに紛れて逃げ出していた。

　美和先生とまゆ先生は仲良く飲みに来ていたのだが、怪しいマグロが嫌がる渚をナンパしようとしているのに気づいて立ち上がったのである。
「嬢ちゃん、って……私たち？」
「にしても、ナウなヤングって……」
　驚くやら呆れるやらの二人だが。
「遠慮します。いやがってるのにナンパするのをやめてほしかっただけよ」
　まゆ先生が言う。
「ハハハッ！　いいじゃねぇか！　ビールにこの巻き寿司は合うぜ！」
　マグロは自分のビールを手に、二人の隣の席を占拠してしまう。
「ちょっと、勝手に座らないでよ！」
　まゆ先生の怒りも気にせず、そのまま酒盛りを始める始末。
「どうしてこうなった……イケメンとまでいかなくても、なんでせめて人間がナンパしてくれないのよ、もお」
　美和先生がぼやく。
「すみません、先生……」
「ああ、冬華ちゃんたちのせいじゃないわよ。いいから行ってらっしゃい、気をつけてね」
　謝る冬華に、美和は笑って手を振った。
「あのマグロも、そう人が悪いようには……いや、魚が悪いようには、かな？見えないし、大丈夫だろう」
　去りながら、月と冬華は二人の先生に頭を下げた。