寝子島ナイトマーケット｜リアクション

寝子島ナイトマーケット

☆偶然会った男

　鉄衛守は、勤務先のドライブインで出している屋台で接客をしていた。
　愛想よくすることは苦手だが、ドライブインで働くようになって血反吐を吐くような思いをしながら営業スマイルを身につけた。
（最近は接客用の笑顔を作るのにも多少は慣れてきたな）
　そんなことを思いつつ客が来たので笑顔を向け……そのまま衛守は固まった。
　金髪に緑の目。人当たりの良さ気な見知った顔があった。
（知り合いに会った時は話が別だ……しかもよりによってこの男に）
「おや、こんばんは鉄さん」
　日向透は、突然の事に驚く衛守の反応が面白くて思わず笑ってしまった。
（相変わらず反応が楽しい人だ）
「すまん、少し早いが代わってくれ」
　衛守は奥でスマホをいじっていた店員に店を任せると、透を引っ張って逃げるようにその場を離れた。
　透は驚く様子もなく後についてくる。自分だけが焦っているのがまた腹立たしい。
（こいつが会場にいると思うと接客に戻れん。どこか他の店に行かせて満足してもらおう）

「会社の同僚に、ナイトマーケットで色々な出店が出ると聞きましてね。仕事帰り立ち寄ったんです。夕飯もかねて、さてどれを食べようかと歩いていた所、鉄さんを見つけて声をかけたんですよ」
　そう話す透に衛守は不愛想に尋ねる。
「何が食べたい」
「折角だからエスニック系の屋台で食べませんか？」
　透の答えに、衛守は頭の中で配置図を思い浮かべた。出店側なのでどこに何の店があるかは熟知している。
「タイ料理、インドネシア料理、ベトナム料理といった所だな。こっちだ」
　屋台から独特の香りが漂ってくる。
　透はタイ料理の屋台でトムヤムクン、インドネシアの屋台でナシ・ゴレンを買った。テーブルに置いて、さらにアルコールや他の料理を買い足す。
　衛守も適当に買って食事を済ませることにした。
「このナシ・ゴレン美味しいですね、トムヤムスープもこくがあって美味しいです」
　食事をしている透はいつになく機嫌が良さそうに見えた。酒は嗜む程度で、酔っているわけではなさそうだ。
（本心は知らんが）
　そんなことを思う衛守に透が尋ねる。
「鉄さんは小食ですね。もしかしてエスニック料理は得意ではなかったですか？」
「俺は……別に料理に好き嫌いはないが。……楽しそうだな。食べるのが好きなのか」
「そうですね。好きですよ。だって美味しいと嬉しいでしょう」　
「食事自体が楽しいという感覚は俺はよくわからん。一緒に食事してもつまらんだろう」
　自嘲気味な表情になる衛守を見て、透はまた笑った。
（拗ねたような口調ですね）
「俺は楽しいですよ」　
　衛守は黙ってトムヤムクンを啜った。辛味と酸味が口の中に広がり、複雑な香りが鼻をくすぐった。

「……日向、まだ食えるか？」
「ええ、もちろん」
　了承を聞くと、衛守は無言で会場の隅に向かった。
「鉄さんがお勧めに連れていってくれるんですか？　楽しみですね」
　透はにこやかについていく。
　衛守はイスラエル料理の屋台で「シャクシューカ」と「イスラエルサラダ」を注文し、屋台の食事スペースに座った。
「エスニック料理は刺激が強い。ここの店主は健康志向だ、刺激物を抑えた料理を作る」
　シャクシューカはトマトソースの上に鶏卵を割り落とし、焼いた料理。
　イスラエルサラダはサイコロ形に切った野菜をレモン汁とオリーブオイルで味付けしてあった。
「シャクシューカにイスラエルサラダ、美味しいですね」
　透は機嫌よく味わって食べた。
「ごちそうさまでした。有難うございます、鉄さん」
「……別にお前の胃袋を心配したわけじゃない。それじゃ俺は、店に戻るぞ」　
（賑やかな場所でお前といるのが落ち着かないだけだ）
　何故こんなに心乱されるのか。それは自分でもわからないのだが。

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