何も死守しない普通の一日｜リアクション

何も死守しない普通の一日

　道路の信号が青に変わる。停まっていたタクシーが走り出すと、後部座席にいた客が徹に話し掛けてきた。
「運転手さん、今の見ましたか」
「はい、拳から黒いビームみたいなものを出していましたね」
「やっぱり、見間違いじゃなかったんだ。びっくりですよ」
　小太りの男性客は締めていたネクタイを指で緩めた。徹はバックミラーを一瞥して口を開く。
「今日は凄い女性をよく見ます」
「へー、そうなんですか」
「キャットロードをタクシーで流していた時なのですが、若い女性が落ちていた空き缶を蹴とばしてゴミ箱にダイレクトで入れていました」
　客は前傾になった姿勢を戻し、深々と座る。
「さっきのビームよりは驚きの部分で劣りますね」
「バナナシュートというのでしょうか。凄い曲がり方でしたよ」
「へー、それは見てみたかったですね。この島は一芸に秀でた人が多いんですかね」
　客は流れる景色を見て言った。
「どうなのでしょうか。確かに最近ではお客さんからも普通ではない出来事や不思議な事件の話を聞く機会が多くなりましたね」
「まだあるんですか、そんな話が」
　客は話に食いついた。前傾になって徹に詰め寄る。
「ありますよ。それではお客様の気に入りそうな話を幾つかしてみましょうか」
　徹は柔和な顔で話を始めた。