何も死守しない普通の一日｜リアクション

何も死守しない普通の一日

　膨大な時間を掛けて一つの指輪と真摯に向き合う。時間が許す限り、修正を加えた。
　遂に指輪は完成した。御子神緋梨は店内の光に翳す。一粒のダイヤは薔薇の花弁に包まれ、リングは複雑に編み込まれた蔦のイメージで作られていた。
「指に嵌めた感じも悪くないよね」
　サイズに合う指で試して安堵の息を吐いた。ふと作業台の横に置かれた時計に目がいった。
「もうこんな時間！」
　緋梨は完成した指輪を急いでケースに収めた。ボサボサの髪を懸命に撫で付ける。慌てた拍子に掛けていた眼鏡が傾く。直す間もなく、出入口へと急いだ。
　ドアを開けて外気に触れると、引き返してトレンチコートを引っ掴み、走って店を出ていった。

　日が落ちて街は淡い光に包まれた。待ち合わせ場所のレストランの前に背広を着た男性が立っていた。緋梨を見つけるとにこやかに手を振った。
「ごめんなさい、遅くなって」
「そうでもないよ。それで完成した？」
「もちろんだよ」
　緋梨は背筋を伸ばし、ケースを恭しく差し出した。
「お客様のご注文の品を、お届けに参りました」
「こちらこそ、級友という立場に甘えた注文をして悪かったね」
　男性の言葉で表情が崩れた。いいって、と緋梨は朗らかに返した。
「じゃあ、指輪を見せて貰うよ」
「はい、どうぞ」
　男性はケースを受け取ると蓋を開けた。収まっていた薔薇を模した指輪に目を細める。
「これで彼女のハートを射止めることができるかな」
「あたしが作った指輪の力を信じなさいよ。それにあの子のことはよく知ってるし、きっとうまくいくよ」
　緋梨の言葉を受けて男性は、そうだな、と笑って答えた。

　緋梨は男性と笑顔で別れた。来た道を一人で帰っていく。
「これで私の仕事は終わりだね」
　口にしながらも足取りは重い。気にした風に何度も後ろを振り返る。その果てで、ごめん、と口にして走り出した。
　緋梨が駆け込んだ先は一軒のカフェであった。窓際の席を希望してコーヒーを注文した。
　そこからはレストランのテラス席が一望できた。先程、別れた男性が女性と向き合って食事をしている。二人には笑顔が見られた。
　しばらくして二人の口数が少なくなった。動きが緩やかになり、動いていた手が止まる。
　黙って見つめ合う二人に緋梨が耐えられなくなった。冷めたコーヒーを手に取って一気に飲み干した。
　男性が何かを前に差し出すような動きを見せた。女性の肩が上がって顔を覆うように手を当てる。
「え、プロポーズは失敗？」
　緋梨は目を見開いた。窓に顔を極限まで近づけた。
　女性は顔を上げた。男性の元へと走る。
　そして二人は抱き合った。一つになるくらいに抱き締めて唇を重ねた。
「おめでとう」
　緋梨は速やかに会計を済ませて店を出た。
　正面の路上には一台のタクシーが停まっていた。側には長身の徹が立っていて穏やかな表情で煙草を吹かしている。
「ご乗車になりますか」
「近いので歩いて帰ります」
「そうですか。今日は良い一日でしたね」
　徹はテラスで抱き合う二人を目にして言った。
「そうですね。まだ仕事があるので」
　緋梨は軽く一礼して歩き出した。
「僕も、もう少し流してみるか」
　簡易灰皿で煙草を揉み消し、徹はタクシーに乗り込んだ。お幸せに、とテラスに声を掛けてゆっくりと車を出した。

　深夜帯、部屋の明かりに気付いた使用人が部屋に音もなく現れた。机の上に開かれたノートには一日の出来事がびっしりと書き込まれていた。
　修はベッドに倒れ込むようにして深い眠りに就いている。周囲には丸まった大小の猫達がいた。使用人は手にした毛布を掛けて明かりを消した。お休みなさいませ、と口にして速やかに退出した。

　誰かの心にほんの少しの明かりを灯した、普通の一日が終わりを告げた。

このページにイラストを設定する

あとがき

担当マスター：黒羽カラス
ファンレターはマスターページから！

普通の一日が無事に終わりました。寝子島は今日も平和でした。
そのように書いていながら首を傾げる私です。
動物園の出来事や街中のろっこん発動で大騒ぎにならなかったのは、
きっと神魂の影響が色濃く出たせいですよね（にっこり）。

皆様のアクションは楽しいジェットコースターのようでした。
何度もスリルを味わいました。時に安全バーが降りてなくて焦ったこともありました。
アクションとアクションの妙と言いますか。複数の行動が重なって穏便（？）に収めることができました。

今回のシナリオ、皆様はどのように感じたでしょうか。
少しでも楽しいと思っていただければ幸いです。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

↑ページトップに戻る

何も死守しない普通の一日

あとがき

シナリオ

シナリオデータ

シナリオスケジュール

参加キャラクター一覧