何も死守しない普通の一日｜リアクション

何も死守しない普通の一日

　榛宮智の容姿はそれとなく人目を引いた。寝癖が付いたような金髪は愛らしく、青い瞳は異国の海を思わせた。白い肌に微かに見えるそばかすには愛嬌がある。
　着ている白いシャツは地味に思えても野暮ではない。水色のネクタイが華を添えた。茶色のサスペンダーと相俟って一端の演奏者に見える。それらしいソフトケースを背中に担いでいた。
　演奏場所を探しているのだろうか。立ち止まっては視線を方々に向ける。身震いをするような動作で、また歩き始めた。何かに怯えているような態度に人々の目がちらほらと集まる。
　賑やかな音が聞こえてきた。歩道に面した大型電気店には最新のテレビが揃えられ、音楽やスポーツが鬩ぎ合うように放映されていた。その前を智が通り掛かる。
　一台のテレビが一人の男性を映し出した。それに合わせて智の動きが止まる。画面を見て驚いたように口が開いた。
「わぁ、お父様……」
　父親は自信に満ち溢れた顔でインタビューに答えている。テレビ画面の右上には『大企業の社長に学ぶ』という番組名が表示されていた。
「……僕もあんな風になれるのかな」
　目は自然と下がり、引き締めた唇で顔を上げる。先程よりはしっかりとした足取りで前を向いて歩き出した。
「ぼ、僕だって」
　智は歩道の端に寄った。背負っていたケースを下ろし、中からテナーサックスを取り出した。ストラップを取り付けて首から下げる。黄金に輝く楽器に人々の目が惹き付けられた。
「こ、ここは人が少ないから、も、も、もっと多いところでやろう。そ、そうしよう！」
　湯気が立ち上りそうな赤い顔で歩き出す。逃げちゃダメだ、と早口で言いながらも足は止まらない。時々、手と足が同時に出た。
「……僕だってやれば、できるんだ」
　強気な発言で徐々に足を速めていった。