鍵のない部屋で｜リアクション

鍵のない部屋で

　シーサイドタウンの片隅にある、その筋の人々には有名な大盛カツ丼のとある店。そのとある店の数々の大盛メニューの中でも一際異彩を放つのが、チャレンジメニューと銘打たれた超巨大大盛カツ丼。
　使用される地元産卵は十個、厚切り衣サクサク豚カツは十枚、熱々ご飯は十合。昆布と鰹の合わせ出汁のきいた甘辛いタレもたっぷり、三つ葉もたっぷり。制限時間内に食べ切ることが出来れば豪華賞品プレゼント。
　店先に提示されたお客への挑戦状と題した品書きを見るなり、都築弦一郎は身長百九十センチ弱、体重百五キロの巨体を奮い立たせ、店の扉を叩いた。

　店員に何度も念を押されて後に提供された、常人ではとても食べ切ることのできない火鉢に盛られたとも見紛うばかりの超巨大大盛カツ丼を、けれど弦一郎は高校生ならではの旺盛な食欲で軽々と半分平らげ、残り半分を黙々と口に運び、更にその残り半分を一味唐辛子の味変で乗り切り、最後は息も絶え絶えぱんぱんに膨らんだ胃に流し込んだ。
　店員と偶然居合わせたギャラリーの拍手を半ば放心しつつ浴び、さて豪華景品は何だと見れば、テーブルの上に積み上げられたのは大盛カツ丼（持ち帰り用）五パック。
　超巨大大盛カツ丼よりは一回り小さいものの、その存在感は半端ではない。
「……うおお」
　店員とギャラリーの期待の眼差しをそのお人よしな性格上裏切るわけにもいかず、弦一郎は熱々のカツ丼を引きつりぎみの笑顔で受け取った。
　もう見たくもないカツ丼のぎっしり入った大袋を片手に店を出、爽やかな秋の夕空の下、弦一郎は項垂れる。
（こ、こんなに食えるか……）
　口元を押さえて苦吟する。この体はもう喉元までカツ丼で詰まっている。
「うう、仕方ねぇ」
　足を向けたのは、放課後の寝子高。今から行っても、きっと教室にはクラスメートの誰彼が残っているだろう。
（他の奴にお裾分けするか）
　片手にかかるカツ丼の重みが少しでも軽くなると思えば少しは元気が出た。歩けばまた腹も減るとばかり、夕暮れの町をカツ丼片手に勇んで歩き始める。
「うん？」
　真直ぐ高校に向かっていた弦一郎の足が止まったのは、住宅地の一角、薄や萩や、その他雑草にほとんど埋れた廃屋の前。
　崩れかけた土塀に挟まれた赤錆びて傾いた門扉を潜ろうとする数人分の人影が、三年四組の友人たちに見えて、
「どうしたんだ、そんなとこで」
　弦一郎は筋肉質な腕を上げて気安く声を掛けた。けれど彼らは誰一人として振り返らず、憑かれたようにふらふらと廃墟の中へと入って行く。
「おーい？」
　声を大きくしても届かない風の彼らに、弦一郎は黒い大きな眼を歪める。何かあったのかもしれない。
「どうしたんだ」
　クラスメートに何かあったのならば、何とかしなければなるまい。弦一郎は全身に力を漲らせ、彼らの後を追う。
「おーい！」
「……あれ？」
　草生した廃屋に向かう人影に、後木真央は足を止めた。栗色の髪を秋風に揺らし、翠玉の猫目をくるりと丸める。夕暮れの住宅地の一角に濃い影を落とす荒れた空家に、こんなところに居るはずのない人の背中を見た気がして、拳で両目を擦る。
「もしかしてグレちゃんなのだ！？」
　神魂の影響で何度か迷い込んだ不思議な場所で出会った男の名を呟く。黄昏時に目を凝らせば、日暮と思しき人影はふらふらと廃屋の門扉を潜り、暗い家屋の引き戸の前に立っている。
　空家のはずの廃屋の引き戸が音もなく開く。人影は招き入れられるように廃屋に入り込む。
「お、おお……！」
　寝子高新聞増刊号、寝子島ミステリーレポート（略称MNR）のネタに悩んでいたところに、不思議の塊である日暮を発見し、真央はすわ大発見の兆しかと拳を固めた。
「そうだ、修ちゃん！」
　ここは新聞部部長である八神修にも連絡を取らねばと、真央はジャージのポケットを慌てて探る。取り出したスマホをもどかしげに操作し、足踏みしながら修の応答を待つ。

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