寝子小の写生大会｜リアクション

寝子小の写生大会

●エノコロ岬
　【１】
　一方。
　エノコロ岬に向かったCコースの生徒たちは。
　バスが岬に到着すると、海浜公園の生徒たちと同じように、引率の教師たちから注意と説明を受けたあと、画用紙と画板をもらってバスを降りた。
（……休みの日なのに、授業か……）
　津田亮悟はバスから降りて、絵を描く場所を物色しながら、ふと思う。
（まあ、写生だから普通の授業よりは自由に一人でいても怒られねぇから、いいけど）
　胸の内に付け加えて、小さく肩をすくめた。
　集団行動の苦手な彼にとって、普段の学校生活は何かと窮屈に感じることも多いのだ。
　それに比べれば、絵を描くことは一人で集中してできるので、嫌いではなかった。もちろん、楽器を弾いている方が好きなのには、違いなかったけれど。
　少し歩いて、彼は灯台と鈴島が並んで見えるあたりに、腰を下ろした。ちょうど灯台と鈴島の間を、船がゆっくりと航行している。
（あの船も入れるか）
　胸に呟き、彼は鉛筆を取り出した。絵の具も持って来ていたが、今回は色は塗れなくていいと思う。それよりも、鉛筆で細かいところまで丁寧に描こうと考えた。
（こんな時じゃないと、ゆっくり一つの絵を描くなんて、できないものな）
　そう心に決めて、彼は画用紙の上に鉛筆を走らせ始めた。

　双葉由貴は、何を描こうか決めかねて、あたりをうろうろと歩き回っていた。
（う～ん。今一つ、ピンと来る場所がないな）
　立ち止まっては周囲を見回し、そんなことを胸に呟いては、また歩き出す。
　その途中。
「お前、何やってんだ！」
　いきなり目に飛び込んで来た光景に、思わず声を上げ、走り出した。
　というのも。柚瀬玲音が、崖っぷちから半身を乗り出して、下を覗き込んでいたからだ。もっとも、この時の彼の目には、彼女は崖から落ちそうになっていると見えたのだけれども。
　慌ててうしろから引っ張って、玲音の体を地面の上へと引き戻す。
「お前、大丈夫か？」
　問われて、玲音の方は、けろりとした顔で笑った。
「だいじょぶだいじょぶ！　全然問題ないからないから！」
「いや、でも……」
　言いかけて、由貴は思わず深い溜息をついた。どうやら、落ちそうになっていたわけではないと、気がついたのだ。
「お前、もしかして、下を覗いてたのか？」
「だよだよ！　崖っぷちって、なんか覗き込みたくなんないなんない？」
　問われて玲音は笑って返す。
「う……。まあ……」
　気持ちはわからなくもないか、とも思う。しかし、危ないことに変わりはない。
「けど、危ないだろ。落ちたら、怪我とかするかもしれないじゃんか」
「だねだね。一度見て満足したから、もうやめるよ！」
　玲音はまったくわかっていない顔で、そう言ってうなずいた。
　それへ小さく吐息をつくと、「とにかく、気をつけろ」と言い置いて、由貴は踵を返す。
　再び、描くものを求めてあたりを歩いていると、海が一望できる場所へとたどり着いた。
　ちょうど、夕鈴翼がそこに腰を下ろし、絵の道具を広げている。
「お前、何を描くつもりなんだ？」
　由貴が問うと、彼女は顔を上げた。
「目の前に広がっている景色を、描きます」
　答えて、翼は前方を示す。そちらへ目をやって、由貴も小さく目を見張った。そこからは、海だけでなく、空と鈴島が一望できる。
「綺麗だな……」
　思わず呟き、彼は翼に視線を戻した。
「俺も、ここで描いていいか？」
「はい、どうぞ」
　翼がうなずく。
「ありがとう」
　言って彼もそこに荷物を下ろすと、絵の道具を広げ始めた。