ダイナミック・ザ・フツウ｜リアクション

ダイナミック・ザ・フツウ

●●●ダイナミック・ザ・クッキング●●●
　昨日までの曇天が嘘のように晴れ渡る寝子島。
　雀達が今日の過ごし方を決めるように鳴き合うのを横目に目を覚ます。
　ぼんやりと自分が起きたことを認識していた所に扉が開け放たれる音が響く。
　同時に開け放ったであろう人物から包丁が飛来する。

「何奴ですか」

　寝起きの虚ろな意識の中でも危険を察知し、メル・ミラーはしょんぼり枕で受け止める。
　およそ包丁と思えぬ速度だったがそれでも受け止められたのは本能だろうか。
　メルの問いに答えることなく立ち去った黒い影が残したメモには調理場にて待つと書かれていた。

　調理場に向かったメルは割烹着を来た母と対峙する。
　状況を理解したメルはその場で飛びながら一回転し、まばゆい光に包まれた。
　光が収まったところにいたのは同じく割烹着を来たメルだ。

「母者、今日こそ貴方を越えてみせます」

　母と呼ばれた黒い女性は豪快に笑い、手を2度たたく。
　すると調理場には2つのキッチンが用意される。
　調理開始とばかりに銅鑼が鳴り響き、メルは母との勝負を開始する。

　規則的な動きでキャベツを刻めば、ボウルへと吸い込まれ、
　宙へと放ったカボチャを一閃すれば真っ二つになり、
　衣を付けたエビやナス達が油の中に入れば小気味よく音を鳴らす。

　天ぷらにカボチャのサラダ、岩塩を添えて完成させたメルの料理だ。
　対する母の料理は焼き魚に出汁巻き卵、味噌汁と言う典型的な日本食。
　審査するのは黒い男性、父である。

　口に運んで咀嚼することたっぷり5秒。
　2人の違う味わいを楽しんだ結果、母親に軍配が上がる。
　そして、両親が出した結論がその一言に集約されていた。

「恋をしなさい」

　恋になる前に友人と認定してしまうメルには高いハードルであった。
　その事を自覚しているのか、しばらく固まっていたが時計の針の音に気づかされる。

「遅刻じゃないですか！」

　かくてメルの騒がしい一日が始まったのであった。

●●●ダイナミック・ザ・スルー●●●

　暖かな日差しを目覚まし代わりに起きれば伸びをして顔を洗いにいく。
　石鹸を手に取り、いつも通りに擦ればフツウの数十倍の速度で泡が形成されていく。
　驚く様子もなく、泡を顔に付けて蛇口をひねる。
　怒濤の勢いで蛇口からでる水はたちまち洗面所を支配するが、それも一瞬。
　役目を果たした泡と一緒に水道へと吸い込まれていく。

「すごくピカピカになった気がする」

　当の本人、須崎蒼志の感想はそれだけであった。
　授業があって、勉強するという日々は変わらない。
　蒼志にとってフツウとはそれだけのものだ。

　居間で待っていたのは料理番組が出来そうなほどのセットとにこやかな母だった。
　おはよう、と普段と変わらぬ挨拶をする母におはよう、と返す。
　席に着けばご飯がよそわれ、並べられた料理とともに胃袋に納めていく蒼志。

　おいしい、という蒼志は普段から大食らいだが、今日は輪をかけて食べる。
　そして、その姿を微笑ましそうに見守る母親は目に見えぬ速度でご飯のお代わりを提供する。
　さながらわんこそばでもしているかのように。

　おおよそ出ていた料理を食い尽くしたあと、登校を開始する。
　時間を確認すると朝食にいつもより時間がかかっていたようだ。

「ショートカットしよう」

　そうつぶやいた蒼志は踏ん張るようにしゃがみ、跳躍する。
　難なく電柱に乗ると、文字通り直線的に寝子高を目指す。
　瓦屋根の家や塀、走行中の車の天井らを易々と渡り歩く。
　ダイナミックなフツウは意図せずともとけ込んでいるようだった。

このページにイラストを設定する