探偵ケチャップの寝子島住民調査ファイル｜リアクション

探偵ケチャップの寝子島住民調査ファイル

　伊織源一もまた黄昏にランニングをする者の一人だった。無心に我武者らに、ひたすら走る。彼の日課だ。
「…………」
　誰かに見られている。感覚はすぐ確信に変わった。
（斜め後方……高所からか）
　背中に目があるかのように、視線の源をたどることができた。
（手練の者、というわけでもなさそうだ。わざわざ追求するほどでもないだろう）
　何も仕掛けてこないようだし、取るに足らない。そう判断し黙々とランニングを続ける。
（少しだけ……“送って”みるか）
　ふと気まぐれで思いつく。追手のほうに視線を向け、殺気を送った。
　相手の心の動きが手に取るように分かる。
（見た目はただの鳥だが……かすかに漂う人間の臭い……間違いない、あの鳥は悪）
　寝子島にはびこる悪い噂の根源を有する者なのだろう。
（初志と同じく、深追いする気はないがな）

　と、源一の足が止まる。

（この道は結構な頻度で走っていたはずだが……）
　道向こうに見慣れない店ができている。
（新しくケーキ屋ができるという噂はあった。もしやあそこか）
　甘党の源一。甘味処の情報チェックは日々の鍛錬と同じく欠かさない。
　一歩、また一歩。自然と足が向いていた。
　店内のケーキのショーケース。そこへ全神経を集中させる。
（見た目はただのケーキだが……かすかに漂うこの香り……間違いない、あのケーキは美味い）
　どうしようか、中に入ってみようか。
（しかし値が張るのなら困る）
　小銭をちょびっと、道着の袖にしのばせてきただけだ。
（しかもこの格好……）
　店の前でじっと立ち尽くす源一だった。

「カァ！」
　そんな源一を見張っていたケチャップ、後ろから迫る影に全く気づかなかった。
「うふふ、捕まえた。アタシって木登りも意外と得意なのよ」
　尾鎌蛇那伊の両腕にがんじがらめ。
「ク、クァ！」
「可愛い鳴き声なのね。怖がらなくていいわ。何でアタシを追いかけていたのか白状するだけでいいのよ」
　じたばた暴れるケチャップ。
「って、カラスが話せるわけもないわね。それじゃあ上司のところまで連れて行ってもらおうかしら」
　ニヤリとケチャップに顔を近づけた直後、
（！？）
　二羽のカラスが蛇那伊に飛びついてきた。
（速い）
　咄嗟にケチャップを盾にしようとしたが間に合わないと判断。両腕に込めた力を緩め後方に退く。
（まさか仲間がいるとはね）
　開放されたケチャップは空の住人に。そして三羽並んで去って行った。
（数で対抗する気はないのね……いい判断だわ）
　しかし、助けに来たカラスの攻撃は速く鋭かった。蛇那伊の鍛え抜かれた筋肉も割く威力はあったかもしれない。
（私だけだと満身創痍になったかもだけど、彼も加勢してくれればきっと勝てたでしょうね）
　眼下にいる、ケーキ屋前の大男に目が行く。
（って……あら）

「はい……いえ、別に怪しい者では……」
　源一、警察官に職務質問を受けていた。
「ランニングを……はい……道着で……そ、そんな、ケーキ屋を襲撃なんて……」
　通りすがり人々、ケーキ屋の店員や客、視線が痛いほどに突き刺さる。
　この店には当分来れそうにない。
「今年で17になりました……いや37でなく……」
　おどおどと答えながら源一、追手の気配がいなくなっていたことには気づいていた。
（誰か追い払ってくれたようだな……知っている人間か）
「あ、はい、聞いてます……本当に17です……学生証……あります」

（強大な力も、権力の前ではたじたじね）
　ニヤリとまた笑い、颯爽と木下へ飛び降りる蛇那伊であった。

＜調査ファイルNo.2996 伊織源一＞
寝子島高校普通科2年4組。
巨漢。高校生とは思えない風貌。しかも寡黙なので周りからは恐れられている？
ケーキ屋を襲おうと目論んでいた。
その後どうなったか分からないが悪人の素質は有り？
ろっこん：不明。有無問わず、注意人物。

＜調査ファイルNo.0121 尾鎌蛇那伊＞
寝子島高校普通科1年5組。
見た目はゴツいが女性のような言動が目立つ。
マッサージを得意としていて、友達にもよく施しているようだ。
気配を消すのが上手い。あんなに存在感抜群のくせに。
武道の腕も一流。ウスターとオイスターの同時攻撃も危なげなく交わしていた
気をつけたい人物だ。
ろっこん：不明。有無問わず、要注意。