●打ち上げ会

【終幕ノ後】　参道商店街　老舗寿司屋『源寿司』

「「寝子島高校の皆さん。おっつかれさんっした────っっ！！！」」

　カンパ───イッ！！

　二時間後。
　貸切でお借りした『源寿司』は、出演者に親方、尾猫座も交え、舞台劇観賞会の場へと様変わりした。
　山路 源太郎親子が大人数の寿司を握る間、液晶モニターを設置し、参加者全員の席を作り、互いを労い、ジュースと茶を汲みかわす。
「いやぁ、思ったより長くなった！」
「笑劇やるかと思いきや、シリアス混ぜて来るたぁ思わんかったなあ」
　と、団員さん達。
「時代劇好きのおじーちゃんと一緒にテレビを見る事が多くて。中でも、私は必殺天誅人シリーズが大好きだったんです」
　屋敷野 梢は座布団を上穗木 千鶴に寄せて、ジュースを継ぎ足した。
「殿様劇も痛快で好きですよ」
「で、あれは依頼人の仇討が果たせたのかね」
　『猫太郎侍抹殺に執念する辻斬り』は、逃げた悪党の一人だった。
　草薙 龍八と逆巻 天野達の湯呑みに茶を注いで回る旅鴉 月詠の問いに梢は云う。
「辻斬りを逃したのは惜しかったけど、ゲスでゲスな代官を倒せたから良しなのですー」
「きのこに刺されるより、猫太郎侍にバッサリ散らされてこそ、悪の様式美かもだよねぇ」
「きのこ云うなし！」
「ぐぁっ！」
　ディクシ！　八十八旗 信彦の脇腹に、梢の手刀が丁寧に２回めり込んだ。
「代官の最期と千代ちゃんの黒さはびっくりだったね！」


『……げに恐ろしきは……女の……したたかさよ』
　嗤う千代。
　舞台中央で悪代官がバタリと倒れる場面を、ぱぱっと雨寺 凛が液晶画面に映し出す。


「ふふん。これは猫太郎サイドの皆へのサプライズだったのさ♪」
　確かに騙された。
「そして、この科白まわし。どうしたら高校生の口から老獪な言葉が出るんだろう。実に見事」
　御剣 刀がコップを傾けながら、長い前髪の奥で微笑んでいる千鶴を見た。
　──　八十八旗だからな。
　──　信彦君だからよね。
　──　彦にゃんだもんね。
「やあ、皆！　それは当然、僕を褒め称えてくれていると受け止めるよ？」
　出演者達の口から洩れる呟きに、信彦が座卓をタタンッと景気よく叩いた。


「おまっとさんやー。みなお疲れさーん」
　料理が到着した。
「「おー。未来の大将！　豪勢だぁ！」」
「もっかい乾杯しよ、乾杯！」
　すっかり盛り上がった宴に、ご機嫌な源太郎が続々と、刺身に小鉢、吸い物初め、ちらしに、巻き寿司を卓上に並べると、皆の眼が更に輝いた。
　握りも、丼も、作り手の心づくしで、色とりどりの海の幸が勢揃い。
「わぁ！　こんな豪華なお寿司初めてだよー！　私イクラが食べたいな！」
「よっしゃ、凛ちゃん。他にも何でも云うてや。儲けなしで旨いもん食うて貰うでー！」
「いやあ、楽しめた上に、バイト代貰って、こんな御馳走まで食べられて、ほんと幸せな一日だったよー♪」
　凛が嬉しそうにイクラを頬張ると、隣りで箸を手にした梢に、源太郎が話を振る。
「おうよ。やって良かったな、ほんまに。梢ちゃんも普段より色っぽお見えて、わしドキッとしたわ」
　ま、リップサービスやけどなと、ウィンクする源太郎に、「一言余計ですよー」と、梢が頬を膨らませた。
「ははは。ともかく、本当に、今日は楽しかったね」
「また、機会あったら、皆でやろな」
　そんな、刀と出演者達が笑い合う姿を、隅でかっぱ巻きを食べる天野は、ゆったりと眺めていた。

　一方、学校の連中も舞台を見に来ていたらしいと云う龍八の話に、なけなしの度胸を舞台で絞り切った新井 米太郎は、げっそりした顔で目の前の寿司に箸もつけられず卓に伏していた。
「……燃え尽きたよ……お寿司？　お寿司今ちょっと胸がいっぱいなんで……みんなでどうぞ」
　力なく呟く米太郎に、源太郎ががしりと両肩掴んで、にかっと笑った。
　人と目線を合わせる事が苦手な米太郎の口から、ひぃっと声が漏れる。
「せや、あれ見たか。見てる人らの顔よ。ええ演技やったでー。寿司はゆっくり食べられるよう折詰めしたるから、今夜たんと持って帰りぃや」
「せ、せ先輩──ッ！！」
　ぶわわっと号泣する米は、後に余興の腹芸であっぱれかっぽれと踊る源太郎を、両手を合わせて拝んだ。

　旨い寿司は食が進むし、茶も進む。舞台の映像を見ながら、いろいろな話が出た。
　役の設定、殺陣、衣装調べ。
　凛の自前の着物は本当に可愛く、天野は女子より艶めいた遊女姿で、
　侍ペアは殺陣の手練さ、代官の口跡の良さ、奇抜な武器案。
　互いの褒め言葉が、次々と溢れ出て止まらない。


　猪口を傾けながら、親方が顎に手をやる。
「そういやMVPの話なんだがよ。誰の演技がいいと甲乙付けようたぁ野暮な話だったな。だから、敢えて云うなら、おめぇさんら【自分自身がMVP】だと、俺は思う」
「座長。演技とは、見ていた人の受け止め方次第だろう」
　違和感なく大人達に挟まれていた龍八が箸を止め、「俺と同じだ」と淡々と告げた。
　テロリストの俺自身そのものが紛れもなく、どう受け止められるか、全ての人間に委ねているからだと云う。

「他人に委ねる、か。それもまた、限りなく近しい意見だ」

　──　そして、なりきりは、『楽しんだ者』が勝つ。
　それもまた、真理の一つだと親方は笑った。


　やがて刻は過ぎ、お開きが近づくと、折しも、画面では終幕が流れ始めていた。
　横一列に手を繋いで並び、礼をする自分達に、鳴りやまぬ拍手と静かに下りる緞帳。
「……ご長寿様に喜んで貰えたかな？」
　凛と梢が揃って呟けば、「後で、ご長寿様の声を聞かせて貰えるそうだよ」と、刀と千鶴が微笑み、月詠が愛用のスケッチブックに四幕の剣戟姿を素描で描き入れながら頷いた。

　そうした心地よい満足感が場に満ち、親方が締めの挨拶に大声を発した。
「それじゃ……おうっ！」
　親方の掛け声で　平均年齢６０歳前後の芸の道を歩み続けた団員達が貫禄を背負い、皆の前に両手を付いて座して並ぶ。
　急な申し出にも関わらず、集まった寝子島高校の皆に尽くす礼儀なのだと、龍八も背筋を伸ばした。
　改めて。
「今日、出演してくれた皆に、尾猫座団員一同、心より感謝の礼を云いてぇ」
　一同一斉に、深々と頭を下げる。


　　　　良き舞台を有難う、と。



　店内に拍手が響く瞬間、
　くぐもった場内アナウンスが静かにモニターのスピーカーから聞こえた。

　──　本日限りの公演にお越し下さいました皆皆様方へ、厚く、厚く御礼を申し上げます。

　──　本日は、これにて、閉演となります。
　──　御観劇下さった皆皆様、お帰りはどうかお気をつ────……。


　寝子島高校ボランティア主演者一同
　寝子島映画村　尾猫座一同



＜おわり＞