もれいびになれたなら｜リアクション

もれいびになれたなら

●もしも使えるならば

　缶コーヒーを飲みながら、ニナと久隆は島の噂になっているもれいび、ろっこんについて話していた。
　寝子島には神様が落ちてきて、島が大変なことになった、という昔話がある。
「あはは、おかしいですよね。神様が落っこちてくるなんて！」
「落ちてきた神様で落神、ですか。その神様、大変だったでしょうね」
「でも、そんな人間臭い神様だから寝子島の人に愛されてるのかもしれません」
　そのとおりですね微笑し、久隆はコーヒーを一口。
「あー、まぁ、そんなうっかりな神様なんだから、また落っこちてきててもおかしくないじゃないんですか？　二度あることはなんとやらって言いますし」
　そう言って、ニナは笑って落神の話を終わらせた。
「なるほど……面白い話ですね」
　ニナの柔軟な発想が羨ましいと思う久隆は、もし、自分がもれいびになれたならと考える。
（私がもれいびになれたなら……叶うなら、過去をやり直し……今度こそ妻と子供達を守り抜く）
　いや、それは叶うまいと思い直し、再び考える。

「何やら思い詰めた表情になってますけど……大丈夫ですか？」
　具合が悪くなったのかと心配したニナの声に、久隆はハッとなった。
「いえ、私がもれいびになったら、どんなろっこんを使えるのかと考えてまして。渥美さんは、もれいびになったら、と考えたことがありますか？」
「もれいびになったら？」
　そうだなぁ……とニナは考え、思いついたことを話し出す。
「鍵？　それはまぁ、この腕でどうとでもしてみせますから。寧ろ手じゃ開けられない鍵を開錠できるようになる、とか」
「手で開けられない、となると、心の鍵とかでしょうか」
「あ、それいいかもしれませんね。心の鍵を開けちゃう能力、なんて。ふふふ、私、カウンセラーになれちゃうかもしれません」
　そんなのになったら、本職の方が商売あがったりですけど、とニナは笑う。
「ま、超能力なんてもの、そうそう、うまいことばっかりには使えませんよね。恵御納さんは、もれいびになったらどんな力を使ってみたいんですか？」
　そう問われ、先ほど考えていた自身のろっこんを思い出す。
「……大事な人達を守る力、戦える力が良いです。剣でも盾でも、他の形でも構わない。大事な人達を悲しませないように、守れずに後悔しないように……」
　大切な人達、妻と寝子島にいる娘を守りたい。そう強く願う久隆だった。
「すみません、考えが固かったかもしれませんね」
「そんなことないです。大事な人達を守るってろっこん、いいじゃないですか。で、名前を付けるとしたらどんなのにするんですか？」
　久隆は僅かに狼狽した後、真剣に考える。
　真剣に考え……本気で考え……必死に考え……とにかく考えてみるも……名前は何も思いつかなかった。
「……すまない、思いつかない……！」
　真剣さ故、そう答えた久隆の表情は険しいものに。
「すみません、難しいことを聞いてしまって……」
　悪いことしたでしょうか、と謝るニナに、久隆は「大丈夫、お気遣いなく」と謝らせたことを詫びる。

「お忙しいところ、引きとめてしまって悪かったですね。失礼しました。寝子島での仕事が終わりましたので、私は会社に戻ります」
「私もお店に戻って仕事しないと、ですね。恵御納さんとのお話、楽しかったですよ」
「私も、渥美さんのお話が聞けて良かったです。では」
　ニナは自転車に乗ると店に戻り、久隆は駅に向かい歩き始めた。
（娘は……もれいびになっていないだろうか……）
　それだけが気がかりな久隆だったが、大丈夫だろう、と気を取り直す。
「早く社に戻らないと、寄り道したと思われるな。急ごう」