もれいびになれたなら｜リアクション

もれいびになれたなら

●噂話を知りたい

　シーサイドタウンにある鍵屋『鍵のあつみ』に、仕事の依頼の電話が。
　仕事ですね、と渥美ニナは張り切って受話器を取る。
「はい、鍵のあつみです。鍵のトラブルでお困りですか？」
『そうなんだよ。ちょっと来てくれるかい？　家に入れないんだよ』
　電話をかけてきたのは、あつみの近くに自宅があるという中年男性。
「お任せください、寝子島のどこへでも駆けつけますよ」
　ニナは店の前に停めてある自転車に乗ると、颯爽と依頼人のところへ。
　依頼人の自宅が近い場所にある、ニナの手際の良さもあり、トラブルは短時間で解消された。
「助かったよ、ありがとう」
「どういたしまして。鍵で困ったことがありましたら、また連絡してください」
　それじゃ、と依頼人宅を立ち去ろうとしたが、携帯に仕事依頼の連絡が。
「今、そちらに伺います。到着するまでお待ちください」
　忙しくなりそうです、とため息をつくが、仕事があればどこへでもがモットーなニナだった。

　ニナが次の仕事先に向かっている頃。
　勤務先の急な都合で日帰りで寝子島に来ていた恵御納久隆は仕事が思ったより早く終わったので、社にそのことを報告。
　携帯で報告している最中、側を通り過ぎた子供達の声が聞こえた。
　子供達が話していたのは、小学校で噂になっている『もれいび』のことだった。
（……もれいび？）
　もれいびがどんなものか気になった久隆だったが、報告を済ますと電車に乗るため駅へと歩き出した。
（らっかみ……もれいび？　子供だけでなく、大人まで噂しているとは……）
　すれ違った主婦達も話していたので、もれいび、ろっこんの話は寝子島に広まっているのだろう。
　彼の娘は寝子島の学校に通っているので、今頃、学校で友達と噂話をしているかもしれない。

「ふぅ……」
　寝子島のどこでも駆けつけますよ、というが、疲れることもあるので休憩も。
　公園のベンチに腰掛けながら、最近、落神について噂になってるらしいことを思い出した。
「今の寝子島は落神の話で持ち切りみたいで。さて、店に戻りますか」
　自転車で鍵屋に向かうニナは、すれ違った久隆のポケットから何かが落ちたのを見逃さなかった。
「何でしょう？」
　自転車を止めて落ちたものを見ると、革製の財布だった。
「あの人、困るでしょうから届けてあげますか」
　駅に向って歩いていた久隆は、ショートの赤い髪、浅黒い肌の活発そうな女性に声をかけられた。
「これ、あなたの財布ですか？　落ちてましたよ」
「そうですが……どこでそれを？」
「さっき、あなたと自転車ですれ違った時に。私、シーサイドタウンにある鍵屋の娘、渥美ニナです」
「ありがとうございます。私は恵御納久隆、ここには仕事で来ました。ひとつお聞きします。この島の噂話についてご存知ありませんか？」
　詳しく聞きたいという久隆に、ああ、あのこと、と理解したニナは、自分が知っていることを話した。

「らっかみにろっこん、もれいび……か。教えてくれてありがとうございます。良くご存知ですね」
　ニナに礼を言いながら、久隆は手帳にメモを。
「よくご存知ですかって？　私、生まれ……については知りませんけど、育ちはずっと寝子島なんです」
　寝子島で拾われてからここで育ったので、落神伝承には詳しいほうである。

　会社に戻るには少し早いと判断した久隆は、ニナに時間は大丈夫かと尋ねた。
　まだ仕事中だから少しだけなら、とニナが言うので、駅の中にある休憩所で話の続きを聞くことに。
　休憩所に着くと久隆は缶コーヒーを２つ買い、１本をニナに手渡す。
「コーヒーでいいですか？」
「ありがとうございます。落神ともれいび、の話ですね」
　ニナからどのような話が聞けるのかと、久隆は興味津々だった。