自分が自分でいられる場所で｜リアクション

自分が自分でいられる場所で

　●　秘密基地で君を待つ　●　

　猫鳴館に小気味よく釘を打つ音が響いていた。

「……ふむ、こんなもんじゃろうか」
　階段下の空きスペースに、塩ビの波板や角材を打ち付けてせっせと作業していた大田原いいなは、浮かんだ汗を拭いた。
　釘打機を使っていると楽しくなってきて、つい必要以上に釘を打ちたくなってしまう。
　まあ、その分丈夫に仕上がったかと、手で軽く揺すって出来を確かめた。

　最後の仕上げは……といいなは看板を手に取る。
　端材の板にペンキで、『猫鳴館対策本部』と書いただけのシンプルなものだ。
　力一杯書きすぎて、猫のけものへんが板からはみだしてしまっているが、それもいいなの気持ちを表しているようで良しとすべきだろう。
「これで完成じゃな」

　猫鳴館の階段下の空きスペースを板で仕切っただけの場所だけれど、ここはいいなの秘密基地……というよりは本当の基地となるかも知れないところ、だ。
　今は猫鳴館も一応の平和の中にあるけれど、いつ何時また揉め事が持ち上がるか分からない。
　猫鳴館取り壊し等の厄介事が起こった際にはここが、いいなが篭もれる場所、基地と出来る場所となってくれるだろう。
　そんなことが起きては欲しくはないが、万が一への備えは必要だ。

　腰に手を当てて基地を眺めた後、いいなは中に入っていった。

　中には木製の机をいくつか並べた『長机』と、椅子があるだけだ。
「暫くは卓上かれんだーとですくらいとを調達すれば十分じゃろ。……あ奴が使っていただけあって、電源も直ぐに引けるところじゃし」
　物思いに沈みかかる気持ちを止めるように、いいなは長机を叩いた。

　本格的な準備は明日からで良いとして、といいなは持参してきたきな粉飴を口に放り込み、長机に地図を広げた。
　対策本部と銘打っているのだから、まずは駄菓子を食べながら今後の対策を練るとしよう。

　いいなは生真面目な表情で『地下帝国』の地図を覗き込んだ。
　何から手を着けようかと考えて、とりあえずは地下帝国の最新状況の確認が喫緊の課題だろうと判断したのだ。
　指で地図をなぞり、要所要所には書き込みをしてゆく。
「後は、九夜山の地質調査の資料を探しておかねば……手に入れるには、マタ大が一番確実かの？」
　ぽいっときな粉飴を補充して、いいなはタブレット端末を引き寄せた。
　電子論文でもないだろうかと、端末をぽちぽちと操作する。

　そんな作業をしていると時間は流れるように去ってゆく。
「……んむ、きな粉飴が切れたか」
　代わりに紐引き飴をぱくりと口に入れ、いいなは口の端から紐を垂らした格好でタブレット端末に取り組んだ。

　調べたいことも考えたいこともたくさんあるけれど、時間は有限。
　時計が表す時間に、いいなは手を止めた。
　いい加減家に帰らないといけない時間だ。

　いいなは肩がずれた緑色のフード付きコートを引っ張り上げた。
　その感触が過去の記憶を呼び覚まし、コートの前合わせを掴んだままいいなは固まった。
（……あ奴め、何処へ行きおった）
　今此処にその存在がないことが胸に迫る。

　暫しその場に俯いていたいいなはやがて、振り切るように歩き出した。
　秘密基地の床に雫の跡を残して――。