天使のたまご｜リアクション

天使のたまご

●決戦前日Ⅱ

　もれいびの男は、ゴマ塩頭をガリガリ掻きながら、本当に申し訳なさそうな顔を作った。
「いやー、悪ぃなあ。俺もそこまで詳しい事は分かんねえんだよ」
「いえ、こちらこそ。急に訪ねてきたのに、丁寧に応対していただいてありがとうございました」
　御剣刀は少々堅苦しさを感じさせるほど折り目正しく、律儀に頭を下げた。
「以前は、俺達近所の人間も平蔵さん夫婦と仲良くてなあ……頻繁に行き来してたもんだよ。……あの人らも鍵なんかかけなかったから、野菜なんか持ってって返事がなかったら、勝手に入ったりとかな。いや、歳も歳だし倒れてたりしたら困るだろ？　またそういう気軽な関係に戻りてえよ。最近はなんか薄気味悪くってよお……。まあ、俺も出来る範囲で調べてはみるよ」
と、言って手をヒラヒラさせながら男は去っていく。
　この後、一般人達にも話を聞いてみたが、結局『平蔵が花火を赤ん坊だと言い張っている』という以上の事は分からなかった。
「……やっぱり、おじさん達はあまり事情を知らなかったですね。御剣さん」
「まあ、でも奥さんの住所はわかったから」
　刀と山桜桃小鳥は、平蔵の近所に住んでいる人達から情報を集めようとしていたのだ。
　たまたま現地で一緒になったので、二人で聞きこみをしていたのである。
「ボクは、おじいさんの……平蔵さんのために、何かしてあげたい」
　小鳥は、セミロングの髪を揺らしながら、ポツリと漏らした。
　刀の視界の下の方に、茶髪がふわりとゆらめく。
「そのためにも、明日は奥さんのお宅にお邪魔しないとな」
　刀は言いながら、また妙なヤツの邪魔が入らなければいいが、と懸念していた。

「じゃ、勅使河原さん、平蔵さんのろっこんの件、よろしくお願いしますねー」
「は、はい……。屋敷野さん」
　屋敷野梢に念を押され勅使河原悠は、赤面しながらこくりと頷いた。
　二人は平蔵宅に訪問する際の打ち合わせをしている最中である。
　まず悠のろっこん『嘱目する実正』で、ろっこん現象を見極める、という作戦なのだ。
「赤ん坊がミルクを飲んでも減ってなかった……って噂を聞いたんですけど、本当に減ってないなら平蔵お爺ちゃんだって気づいてる気がするんですよねー……この子が普通の赤ん坊じゃないって」
　んー、と人差し指を顎に当てて、梢は言った。
　そ、そうですね、と梢は律儀に返事をする。
「もし気づいてて、この子をあやしてるんだったら、何か人に言えない事を抱えてる気がするんですよね。寂しい、だとか」
　梢はなおも続けるが、
（お、おじいさんの……箱崎さんの事は、よく知らないけど……もし、本当に、ろっこんが原因だとしたら……わ、私のろっこんを使ったら、何か、見えるはず……）
　悠の頭の中は、徐々に明日の平蔵宅訪問の事でいっぱいになってきている。
「……箱崎さんが、あんなに赤ちゃんに拘るのは、何でなんだろ……？　お、奥さんとの子供だって、箱崎さんは、言ってたみたい、だけど……。……もしかして……奥さんとの別居が、嫌、なのかな……？　もしくは…寂しくて、一緒にいてくれる存在が、欲しかった、とか……？」
　んー、そんなところかもしれませんねー、と梢は満面の笑みで相槌を打った。
「あっ……」
　心中で思っていた事が声に出ていたらしい、と気付き、悠はますます赤面し俯いてしまう。
　そんな悠を、梢は面白そうに見ていた。

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