天使のたまご｜リアクション

天使のたまご

●訪問者たち
　
　翌日の朝。
　桜庭円は、平蔵の家の前に立っていた。
　人のすくない時に来よう、と思っていたのでまだ結構朝早い時間だ。
「おはようございまーす。平蔵さんいますかー？」
　家の戸を叩きながら、平蔵に呼び掛ける。
（……ボクは正面から平蔵さんに話を聞こう。だって、心の奥の大事な場所に踏み込む訳だし、不意打ちとかだと信用されないと思う）
　円が、思慮深く頭の中で確認していると、
「ほあーい。なんじゃね～」
　と、のんきな声が聞こえきてきた。
「平蔵さんはじめまして！　あの、これよかったら……お菓子なんですが」
　円は持ってきた菓子折りをそっとさし出す。
「え？　あ、ああ、ありがとう」
　平蔵は礼を言いながらも、よく状況がわかっていない顔つきだ。
「悪いねえ、折角お菓子持ってきてもらったんだけど、今ちょっと手が離せなくって……」
　そう言いながら、平蔵は白い布に包まれた花火玉を見せる。
（来た！）
　円は身構えた。
「平蔵さん、ボク、平蔵さんを心配している人に頼まれたんです！」
「へっ？」
　平蔵は、呆けたような顔で応じる。
「この……花火、今は花火に見えますけど、これを平蔵さんはろっこんで赤ん坊に見せかけていたんでしょう？　どうして……？」
「ろ、ろっこんとは何のことかのう？　これはワシのかわいい花子じゃが」
　あきらかに平蔵は焦っていた。
　今この場で、花火を赤ん坊に変えられても、円はろっこんの力でそうなっている、と分かっているので、動じる心配はない。
（よし！　このまま正直に話を進めていくぞ！）
　円が決意を新たにしていると、
「花子ちゃんっていうの？　良い名前だね～」
　横から、入ってきた声があった。
　恵御納夏朝である。どうやら、円と目的は同じらしいが……。
『ちょ、ちょっと！　どうして邪魔するんだよ！』
『まず、平蔵さんの話に付き合って、意見や言い分を聞き出せたら、と……』
　円と夏朝は素早く小声で意見を交換する。
（あと、久子さんのところに行った人達もいるから、それの時間稼ぎと花子ちゃんに火がつかないよう周囲の警戒も兼ねてるけど）
　夏朝は敢えてその考えは伝えない。
（……なるほど、一理あるかも）
　確かに一方的に話すよりはと相手に合わせる姿勢も必要かもしれない、と円は思い直し、今、夏朝に強く反対するのはやめておいた。

「あ……も、もう来て、おじいさんとお話してる人がいる……」
　悠は、平蔵の家の垣根に隠れて、円や夏朝の背中を見ている。平蔵はここからでは良く見えない。
　梢と悠は、一緒に平蔵の家まで来た。
　しかし、梢は到着する直前になって、虫の知らせがする、と言ってどこかに消えてしまったのだ。
（も、もうちょっと、近づかないと……良く見えない、かな……？）
　悠は、右目を手で隠し、身を乗り出してろっこんを使おうとしている……。
「あ、あの、えっと、おはようございます……。あなたも花火の赤ちゃんのことで来たんですよね？」
（ひゃあぁ！）
　いきなり、街角小路に話しかけられ、心臓が飛び出るほど驚いた。
「はい……わ、私のろっこんが、少しでもお役に立てればと思って……」
　悠の言葉を聞くと小路は、わあ、私もなのです、とはにかんだ様子で応じる。
「赤ちゃんは『本当』は『花火』……。なら、私のろっこんで花火に残っている記憶を読み取れるはず、なので……」
　小路は自分の額を指差しながら言った。
　同じような考えの持ち主である、と分かり小路は悠に対して、少々親近感を抱いている。
　その割には、なかなか視線を合せなかったが、自分も似たようなものなので、悠は別に気にならない。
「何か有益な情報がわかればみなさんに伝えて、みんなが納得できる答えを探したいのですっ」
　小路は、半ば自分に言い聞かせるように言った。

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