天使のたまご｜リアクション

天使のたまご

●事態が動き始める

「こんにちは、あなたが平蔵さんかな？」
　悠と小路が接触した頃、髭面の中年男があらたに平蔵に話しかけていた。
　世界一のイケメン、と自称する飛吹蓮太郎である。
「俺は、飛吹蓮太郎っていいます。平蔵さんがお子さんの子育てに困ってると知人から聞いてやってきたヘルパーです！」
「な、なんじゃ？」
「はあ？」
「な、なに？」
　突然、わりといい声で喋り始める蓮太郎に、皆呆気に取られた。
「よーしよーし花子ちゃーん、怖くないでちゅよー♪」
　赤ん坊をあやすような事を言いながら、平蔵の手から花火玉をごく自然に抱き取った。
「ちょ……！　何をするんじゃあ！」
「何をって、俺は、男一人で子を育てた経験とその知識で、あなたの役に立てればと思うんです！」
　花火玉を抱いて、蓮太郎は自信満々で言い切る。
「あ、ウチにも赤ちゃん触らせてほしい」
　絶妙なタイミングで海神湊面が皆のいる庭先に入ってきた。
　平蔵が何か言う前に、さっさと蓮太郎に近づく。
「うんうん。ほうら、かわいいだろ？」
　笑みを浮かべる蓮太郎に返事はせず、湊面は花火の導火線に手を伸ばす。
『……氷華』
　少し時間を開け、湊面はそっと呟いた。ろっこんを使ったようだ。
　導火線にうすーく氷を張ったのだが、気づいた者はいない。
「お、お前ら、それが本当に赤ん坊に見えるんか！？」
　平蔵は混乱している。かなり予想外の出来事のようだ。
　今まで花火玉を見せたら、皆気持ち悪がって逃げるか奪おうとするかのどちらかで、こういう反応をする人間はいなかったのである。
　勿論ですよ、と蓮太郎は言う。湊面は答えず平蔵を安心させるように、少し距離を置いた。
「ちょ、ちょっと待て……」
　平蔵は、真顔になり意識を集中させているような素振りを見せる。
「これなら……今はどんな感じじゃ？」
　途端に、この場にいる全員の眼に、今までただの花火玉だったものが本物の赤ん坊に姿に映るようになった。
　今、平蔵はろっこんを使ったのだ。
　ろっこんを使っていないのに赤ん坊に見えるのなら、使ったらどうなるのか確かめようと思ったのだろう。
（なるほど。平蔵さんは花子ちゃんが花火、ってわかってるんだね）
　夏朝はこの時点で平蔵に自覚があるのか否か、判断がついた。
「花子ちゃん。ほらほら、パパも一緒でちゅよー」
　蓮太郎は全く動じず、腕の中の赤ん坊――今は完全に可愛らしい赤子に見える――を平蔵に向けてニコニコ破顔している。
　平蔵は、そんな蓮太郎の様子を見て判断をつけかねているようだ。
「お、おじいさん！　私にも花子ちゃんを見せてください……」
　小路が勇を決したように、皆の輪に近づいてくる。
　平蔵は思わず、あ、ああ、ええよ、と許可を出した。
「は……花子ちゃん、おねえちゃんにもお顔を見せてね」
　優しい声音であやしながら、赤ん坊に顔を近づけ、おでこを合わせる。
『おしえて……』
　小路は静かに呟いて、ろっこんを発動させた。

　同じ頃、悠も物陰で右目を掌で隠していた。
　ろっこん『嘱目する実正』を発動させ、平蔵がろっこんを使う瞬間を確かに捉えた。
（ま、間違いない……。あれは、他の誰かじゃなく、平蔵さんのろっこん……。屋敷野さんに、し、知らせないと……）