寝子島の東北、旧市街。
旧市街の中でも北側のはずれ、海に近い場所にその老人、箱崎平蔵の家はあった。
「おーい、平蔵さーん」
近所の知り合い数人が、庭先から屋内の平蔵に声をかける。
最近平蔵は何かと不審な様子で、心配した近所の男達が様子を見に来たのである。
なにかねー、とのんびりした声で答えながら、平蔵が家の中から現れた。
平蔵は両手で、白い布に包まれた『何か』を大事そうに抱えていた。
顔に刻まれた深い皺がさらに歪み、まったく好々爺然としている。
平蔵の手の指や服には、薄っすら泥がついていた。
今まで家の中に居たのだし、野良着でもない平蔵が妙な事だ、と皆が思っていると、
「ほら、かわいいだろう? 見てくれよ。この歳でようやく子供が出来たんだ」
と、抱えた物を皆の前に突き出した。
「子供?」
平蔵には妻がいるが、だいぶ歳だし、だいたい今別居中である。
おかしな事だ、と思いながら皆は布を覗きこんで仰天した。
直径三十センチくらいの、茶色い玉……。
「こ、こりゃあ、花火じゃねえか! 平蔵さん!」
平蔵は元花火職人なのだ。
「何を言ってるんだい?」
平蔵は、相変わらずニコニコのエビス顔。いくら皆で、危ないからやめろ、と言っても取りあってくれない。
「こうなりゃ力づくだ!」
埒があかないので、よってたかって無理やり花火の玉を取り上げようとした。
「何をするんじゃーーッ!」
「あ、あれ……?」
しかし、その途端、花火は可愛らしい赤ん坊に姿を変える。
皆、きつねにつままれたような面持ちになったが、自分達の見間違いだったのかもしれないと思い、一応は納得した。
「わしの花……花子を奪わんでくれー!」
「ま、まあ、本当に平蔵さんの子なら、文句はねえんだが……久子さんとは別居中だろ?」
「えっ? あ、うーん……わしの……というか、わしの親戚の子なんじゃ。あんまりかわいいんでつい、そういう風に思ってしまったというか。最近ボケ気味でのう……」
平蔵は、わざとらしく哀れを誘うような表情を作る。
「帰ってくれー! 花子が怖がるから帰ってくれー!」
泣きじゃくりながら平蔵が言うので、取りあえず男達はその場から離れる。
平蔵宅から少し距離のある道端で、皆は相談を始めた。
「久子さんに訊いてみるか?」
平蔵の別居中の妻、箱崎久子は、現在寝子島駅の近くのアパートで一人暮らしをしている。
が、少々気難しい性格でもあり、なかなか『じゃあ、明日にでも俺が』という話にはならない。
まあ、その内に誰かが、という歯切れの悪い結論になる。
近所の者は、何となく薄気味悪く思い、平蔵の家にはあまり近づかなくなってしまった。
数日後。
平蔵の家をこっそり伺う男が、異様な物音を聞いた。この男は、先の訪問の際にも一行の中に居た男だ。
「!?」
雨戸まで閉め切っている家の中から平蔵自身の奇妙な、嗚咽とも喜びの声ともつかぬ奇声が聞こえてくる。
しばらく同じ場所で聞き耳を立てていると、何やらドッタンバッタンと物を動かしているような騒がしい音がしはじめた。
「ちょっと! 平蔵さん! どうしたの?!」
思わず庭先に飛び込み、雨戸を叩く。
しばらく間があった後、平蔵が赤ん坊を抱いて現れた。
「いやー、ミルクをあげてたんだけどねえ。これが慣れないもんでなかなか」
にこにこ笑いながら、赤ん坊にミルクを飲ませている。確かに自分で言っている通り、ぎこちない手付きだ。
「変な音してたけど、なんかあったの? 赤ちゃん大丈夫?」
うん、大丈夫大丈夫、と平蔵は軽く流しながら、
「いや、この、なに? 人肌っていうの? これがまた難しくてねえ……」
芝居じみた素振りで、哺乳瓶の先を赤ん坊の口に当てている。
男は、適当に会話しながら平蔵と話していて、おかしな事に気付いた。
哺乳瓶の中のミルクが全く減っていないのだ。
『やっぱり、平蔵さんはもれいびで……何らかのろっこんを使って花火を赤ちゃんのように見せているんだ』
男も、もれいびであった。
不思議な現象については良く見知っているため、怪しく思っていたのだ。
男は、もれいびの知り合い達に相談した。
理由はよくわからないが、ろっこんの力を用いて、花火玉を赤ちゃんに見せかけている老人がいる。
花火を赤ん坊と思いこむ事から、危険な事が起こる可能性がある。
とりあげようにも、赤ん坊を無理やり奪おうとしている、と周囲に誤解され騒ぎになると面倒くさい。
どうしたらよいだろうか?
この件は、もれいび達の間でちょっとした噂になった。
どうにもややこしい事になりそうである。
初めまして。この度ゲームマスターに登録されました、八花月です。
今回のお話は、元花火職人の平蔵さんが、花火玉を抱いて赤ん坊だと言い張っている。
ボケているのか、どうなのかよくわからないけど、とにかく言い張っている。
危険なので取り上げようとすると、赤ん坊に見えてしまう。
どうしたらよいだろうか? という問題が持ち上がった。
いうお話です。
問答無用で奪い去ろうとしても良いし、何とか説得を試みてもOKです。
変てこな行動をとって、さらに奇妙な状況を作ってみるのもよいかもしれません。
あるいは、久子さんの住居を訪ね、何かアドバイスを求めてみるのもアリだと思います。
皆さまのご参加をお待ちしております。