【お昼にゆったり】

　和のテイストを自然に身に纏う、御巫 時子さん。本日のお召し物は、このような感じになっております。

　素敵！　和服をこうもバッチリ着こなせる高校生も、なかなかいらっしゃらないことでしょう。
　そんなわけなので、お弁当をお届けする後木 真央ちゃんも、思わずこう付け加えてしまいます。
「幕の内弁当お持ちしましたーなのだ時子ちゃん、二種類あるけどやっぱり和風のほうなのだ？」
「はい、そちらをいただきますね。ありがとうございます……まぁ、とっても綺麗なお弁当ですね」
「ふふふそうなのだー？　真央ちゃんたちも頑張って作ったのだそう言ってもらえたら嬉しいのだ～♪」
　ぱかっと開いて、まずはお箸でそっときんぴらを取り上げ、上品に一口。
　あんまり綺麗な所作なもので、じっと見入ってしまった真央に、ほっこり。時子は微笑みました。もちろん、とっても美味しいのです。
　ところで時子のお隣には、三人の観客が腰掛けていて、観劇を通じて、なんとなく感想を述べ合ったり、一緒に劇へ見入ったりしておりました。そのうちの一人は今、先ほどの『二つのＦ』の出演者に会いに行くために席を外している、御薗井 Ｅ セレッソで、
「まぁ、あいつを褒めるのは、ちょっと癪だけどね……」
　と言ったのは、八葉 ひまりです。
　ひまりは物販コーナーで買ったつちのこの里をみんなに勧めつつ、自分もぽりぽりと食べながら、
「でもるちるの奴も、このところすごく力を入れて練習してたのに、疲れを感じさせない演技だった。他の共演者のカバーももちろん、あったし」
　話題は、先ほど見た演劇、『かぐや姫』について。双子の姉である八葉 るちるも出演していて、それがもう別人のような美麗さで、見事に月のお姫様を演じていたのですから。いくら姉のあのゴーイングマイウェイな性格に悩まされていたとて、ひまりも絶賛せざるを得ないわけなのです。
　時子ももちろん、持参した双眼鏡でもってバッチリ、観劇しておりましたので、
「ええ、とっても素晴らしかったですね……。あの、背景の映像も、お姉さんが作られたのですよね……？」
「そう！　確かにかぐや姫の演技は素晴らしかった、私もそれは認めるっ、でも！」
　あっ。もう一人のお隣さんがずばっと立ち上がり、何かうっとりした顔で言いました。
「やっぱり槇が一番！　かぐや姫より絶対可愛いかったわ！！　月のお姫様なのに、おばあさんのほうが絶対可愛かったわよ、ああん槇ーーーっ！！」
　はい、矢萩 秋さん！　彼女、『spraoi』で買ってきたレーズン入りソーダブレッドですとか、『Mahlzeit』のヴァイスヴルスト、ジャーマンステーキにレバーケーゼも、そして大量に持ち込んだドイツビールをしこたま消費して、完全に出来上がっておりました。
　何となく、むっとしたのはひまりです。
「確かに……あのでっかい人の演技は、天真爛漫って感じで、何か可愛かった。おばあさんだけど可愛かった。でも、かぐや姫の主役はやっぱり、かぐや姫だろう？」
「いーえ！　おばあさん役なのに主役の絶世の美女を食ってしまうほどの、槇の助演女優賞ものの演技！　バッチリ撮影してたわよ、ああもうこれって永久保存版……売り子さん、ビール追加ァ！」
「うわぁまだ飲むのだ！？」
　雲行き怪しくなってきたもので、そろそろ別のお客さんのとこにいこっかな～なんて思ってた真央ちゃんを呼び止めまして、燃料追加！
　酔っ払いですこれ完全にもう。
「そりゃあ私も、おバカなるちるを褒めるのは癪だけど、でも聞き捨てならないな。主役はかぐや姫、それは変わらないだろ？　あいつ、あんなに頑張ってたんだぞ。主役はかぐや姫！」
「かぐや姫なのに主演女優賞もののおばあさんの演技、さすがよー槇、さっすが私の妹！　やっぱり槇ちゃん！」
「かぐや姫っ」
「槇ちゃあん！！」
　ヒートアップ！　身内への援護射撃に全力なあまり、お互い引くに引けず！　このままでは八葉家と矢萩家の全面戦争が勃発……！
　なんてことには流石にならなかったとは思いますけれど、ともかく。すっ、と二人の間に差し込まれましたのは……海苔巻き？
「ふふ……お二人とも、ご家族の方が、とっても大切なんですね……？　私は、かぐや姫も、おばあさんも……おじいさんも、帝さんも、月の使者さんも。とっても素敵だったと思います……」
　時子さん！　ふんわり微笑みながら、ひまりと秋へ一つずつ、手巻き海苔巻きを差し出しまして。
「先ほど、『巻きと茶』さんで買ってきたのですけど……少し、買いすぎてしまったんです。よろしかったら、食べませんか……？」
　なんて、美味しそうな海苔巻きに遮られてしまっては、家族戦争も休戦せざるを得ないようです。
「……確かに槇って人も、可愛かったよ。主演に並ぶくらい良い演技だったと思う」
「……かぐや姫、良かったわよ。月に帰るとことかうっかり泣きそうだったし」
　ぐっと力強くうなずき、どうやら和解が成立したらしい二人に。
　センパイと一緒にお昼を食べて、満足げに席へと戻ってきたセレッソが、くりっと首を傾げて、
「二人とも、どうしたのカシラ？」
「身内の方々が、素晴らしい演技だったという、お話をしてたんです……これ、良かったら、どうぞ……？」
「わぁ、ありがとうナノ！」
　かにかま海苔巻きを差し出されて、ありがたく受け取りながら、セレッソも三人の横へぽすんと腰掛けました。



　変わってこちらは志波 拓郎と高梨 彩葉、仲睦まじいカップルです。
　彩葉に演劇祭での観劇デートに誘われて、拓郎はどきどきしながら、今日を楽しみにしておりました。私服だってもちろん、バッチリキメてきたのです。

　だというのに、彼女さんの今の様子が、拓郎は何だかちょっと、気に入りません。
「それにしても、素敵だったよね、武道先輩……！」
　確かに舞台の上に現れた兄、志波 武道はいつもと全然違っていて、真面目だし、脱がないし、きりっと凛々しくカッコ良かったと、拓郎も思わないでも無いのです。演劇にとても打ち込んでいたのも知っていますし、その成果だと思うなら、少しくらい褒めてやっても良いかななどと、まぁ彼も思わないでも無いのです。
　でも！
「武道先輩のまじめなところ、私初めて見たや。すごかったよね拓郎、思わず見惚れちゃうくらい、かっこよかった！」
「う、うん……」
　でも、彩葉の視線をこんな風に釘付けにしてしまっているのが、何だか気に入らない！
（……オノレ兄貴……許さない……）
「うん……？　どうしたの、拓郎？」
　気付けば彩葉の手を、きゅーっと強く握り締めてしまっていたようです。
「あ、いや……」
「……ふふっ」
　拓郎の視線が発するシット光線に、彩葉も気付いたのでしょうか？　くすりと悪戯っぽく笑って、彩葉も、きゅっ。拓郎の手をちょっぴり強く、握り返してくれました。
　うん。あんまり、心配することは無かったみたいです。



（拓郎、嫉妬してる。かわいいなぁ……♪）
　それが内心、彩葉は嬉しくってたまらなかったりします。
　役を演じる武道はもちろん、カッコ良かったのは確かですけれど。当然それも、大好きな彼と比べるようなことでは無いわけでして。
　それに彩葉としましては、
（これで拓郎も、武道先輩のこと、少しは見直してくれたらいいんだけど）
　なんて、そんな風にも思ったりしつつ。
　彩葉は拓郎の手を、もうちょっとだけ強く、きゅーっと握ります。実は先ほどから少々、うずうずしていたりします。
　イチャイチャ、したーいッ！！
（でも人前じゃ、はしたないもんね。我慢我慢……あっ）
　と、そんなタイミングで、ふ、と暗くなっていく照明……どうやらそろそろ、お昼休みは終了。次の演目が始まるようです。
　徐々に明かりが落ちていき、場内がすっかり暗くなったところで。
　くいっ、と握った手を引き寄せて、
「ね……拓郎？」
「うん……？」
　キャラメルポップコーンを一粒。
「あーん、して……♪」
　その後も二人、観劇を楽しみながらも、幕の内弁当のおかずを交換し合ったり、あーん♪　し合ったり。
　程よく暗い場内で、イチャイチャたっぷり！　楽しんだのでした。