【演目その７　即興☆ねこじま劇団・三毛猫座『三夜湖畔別荘殺人事件』（２）】

---

　九夜山の頂上に程近い、三夜湖のほとりにぽつりと佇む、ここは古い別荘である。
　一体、誰が予想し得たであろうか？　この閑静な別荘地で、あれほどに陰惨な出来事が起きようなどとは……。
「きゃああああああ！！」
　朝もやの中、三夜湖畔に響く悲鳴。それは後に続く、恐ろしい事件の幕開けを報せるものであった。
「はわわわ、死体が！　湖に死体が～！　これは事件なのですよー！」
　かしましく叫び人々へそれを知らせたのは、三夜湖畔別荘にて働くメイド、稲井である。
　彼女にいまひとつ緊張感が見られないのは、彼女がこの土地の平坦な日常に、ひどく退屈していたからだと言う……しかし、無理もあるまい。何せこの地は本当に静かで、それはしんとして、静まり返っているのだ……不気味なほどに。
　ともかく。メイドによって、事件は発覚した。彼女は知らせたのだ。
　三夜湖のほとりで、死体を発見したのだと……。

---

（真っ先に飛び出して良かったです、まずは目立てたのですよ！）
　わくわく！　役柄と同様に、稲井 いおねはこの機会を、もうめいっぱいに楽しむつもりです。何せとっても楽しそうですし、観客席では、彼女のおじいさんやおばあさんだって、揃って観劇していたりしまして。
　もう、いおねは俄然、張り切ってしまうのです！
（いおねは別荘で働く、メイドさん！　退屈な日常にウンザリしていたところに事件に出くわしてワクワクしている、ちょっと困った子なのです。ふふ、いおねが未知の骨格標本に出会った時みたいに……ねっ）
　そんな感覚を思い出しながら、いおねは即興劇へ思いっきり、全力投球！

---

　陰惨で奇怪な事件の始まり……しかし居合わせた人々には、心の拠り所となる希望もまたあった。
　別荘には、三人の探偵たちが偶然にも、宿泊していたのである。
　死体と聞いて騒ぎ出した客たちを集めて、とある男が彼らを諌めながら言った。
「皆、落ち着いてくれ！」
「俺は、ここにいる探偵の助手である浅沼だ。まずは安心してほしい……この事件は、『東の名探偵』と呼ばれる弓弦原が解決してくれる」
「ああ。俺に任せてくれ」
　眼鏡をかけた、名探偵と称された弓弦原と、そしてその助手であるというキャップをかぶった男、浅沼。なるほど確かに、彼らはいかにもそのような頼りがいのある風貌に見え、そして実際に、数々の難事件を二人で解決してきたのだと言う。
「ふははははー！」
　奇妙な高笑いが、その場の者の注目を集める。
「我は名探偵、ガイ！　我がどんな難事件も解決してやろうではないか、ふははははっ！」
　少女のようにも見える、ガイと名乗った彼女もまた、探偵であると言う。事件を前にしていささか軽妙にすぎる態度ではあったが、しかしそれが返って、不安に苛まれる客たちをいくらか落ち着かせたという一面もあったろう。
「もう、どうしてあたしって、こういう事件に巻き込まれちゃうのかしら……」
　続いて控えめに歩み出たのは、本格的なカメラを携えた若い女性だ。
「あたしは、フリーカメラマンの塔尾。不本意ながら、こういう事件には、何度も遭遇してるのよね……だから、協力するわ」
　驚いたことに、彼女もまた行く先々で幾つもの事件に遭遇し、その都度解決に導いてきたという実績があった。言うなれば、『フリーカメラマン探偵』とでも呼ぶべきであろうか。
　三人の探偵たちはそれぞれに、この事件を解決することを約束した。
　しかし、集められた人々の中の一人……この別荘のオーナーの主治医であるという気弱そうな女性、深倉が、興奮した様子で尋ねる。
「で、でも、あの……そのし、し、死体というのは、どこにあるんですか……？」
　彼女は落ち着き無く視線を泳がせながら、怯えきっているように見えた。
　確かに、その通り。探偵たちを除く彼らは未だ、問題の死体というものを確認してはいなかった。
　当然の疑問に、弓弦原がついと指で眼鏡を押し上げながら、指し示した。
「死体なら……あそこに」
　彼らの集う別荘の、窓の外。三夜湖のほとりを。
「えっ」
　誰かがそう漏らした。それは確かに、目を見張る光景であった。
　そこで死んでいるのが誰であるのかは、もはや一目瞭然であったことだろう。頭から湖のほとりへと沈み込み、水面へと突き出しているのは、Ｖ字に開脚した両足。そして、未だ新鮮そうに見える……魚の尾。
　出来の悪いオブジェのように逆さに突き立つ死体は、この別荘を管理するオーナー、マグロ氏のものであったのだ。そして彼らは思い出したのだ、昨夜の夕食の献立が、新鮮な刺身であったことを……。

---

　ぎしっ！！　舞台の上のほとんど全員が、ぎしっと固まりました。多分きっと彼らは、こう思っていたことでしょう。
　死体、あんたかーーーっ！！
　ちなみにですけれど、先ほどから物語の語り部、ナレーションを務めておりますのも、当のマグロさんだったりします。ものっすごい渋くてダンディーで素敵なオジサマ・ボイスなもので、なかなか良い雰囲気じゃないか、なんて誰も気にしてなかったのですけれど。
　ていうか、ど、ど、どうすんでしょうか、これ！？
　目の前には、なんと言いましょうかこう、イヌガミックかつスケキヨライクに死んでいるマグロさん。その向こうには、無数の観客たちの期待の目。
　互いにちら、ちらっと困ったように目配せし合う出演者たち……さあ、さあ、どうする！　ねこじま劇団・三毛猫座！
「っ、私はこの時、決意したのです……」
　す、と一歩足を踏み出して。硬直してしまった舞台を動かし、辛くもリカバリーを図ったのは、綾辻 綾花でありました。
　綾花はマグロさんのナレーションの合間に、もう一人の語り手としてナレーションを挟みながら、自身も舞台の上で役柄を演じます。
「私は、オーナーの娘……父の無念を晴らす為、事件を解決することを誓ったのです……」
　おかげで再び、他の出演者たちも我を取り戻し、どうにか演技へと戻ります。

---

　発見された真新しい死体の検死に当たったのは、彼自身の主治医である深倉と、そして偶然にもここへ宿泊していた医師、斑鳩である。
「えっと、あの、やっぱりこれは……他殺、ですよ、ね？」
「ああ。だろうな。これは、殺人事件だ」
　もはや震えんばかりに怯えきっているのか、落ち着きの無い深倉に対し、斑鳩は冷静にそう断じた。
　殺人事件。改めてそう告げられたことで、別荘には再び、衝撃と混乱の声が溢れ出す。探偵たちがそれを宥め、平静を保つよう呼びかけるが……人はそのような現場へ突然に居合わせ、誰しも落ち着いていられるわけも無いのだ。そう、深倉がそうであるように。
　しかし。殺されたオーナーの娘、綾花はその中にあって、静かな面持ちをたたえていた。
　彼女にはひとつ、特別な才能があった。身に纏ったパーカー、猫の形をしたフードをかぶると、彼女は思考が冴え渡るのだ。メモ帳を片手に、綾花は死体の写真を撮るカメラマン探偵塔尾へ、申し出た。
「……私も、協力しますにゃ……！
父の無念を、この手で晴らしたいんですにゃ！」
「そうね……分かったわ。協力しましょ」
　四人目の探偵の誕生は、静かな湖畔の別荘を揺らす殺人事件の、解決の糸口となるのであろうか？
　それはまだ、誰にも分からない……。

---

（……ふむ。そうだな。死体が一つである必要は、無いわけだ）
　遙は、同じ医者の役である隣の深倉 理紗子……もう何だか、役柄なのか本気なのかも分からない、かなり迫真の名演技を披露している彼女を眺めて、ひとつ思考を巡らせます。
　唐突に上がることになった舞台ですけれど、テーマがテーマだからなのか、どこか彼も、乗り気になってきたのかも知れません。
（誰が犯人であっても、おかしくは無いということだ……）
　きらり！　遙の瞳が一瞬、きらめきました。
　さてさて一体、どうなる、三毛猫座！？