「ボン太が恋……？」
　ネコッターに流れてきた呟きに、御剣 刀は目を留めた。
「情報元は……黒依か。最近、ボン太の奴が大人しいと思ったら、あいつも男か、青春だなー」
　——けど、恋ってあそこまで腑抜けになる物なのか？　アレじゃあ相手に振り向いてもらうのは無理だろう。以前のように野良猫たちの頭を張っていれば、その様に惚れる部分もあるかもしれないけど……。
　ネコッターによれば、アリーセ達はボン太の恋に協力するとのことで、情報を集めているようだ。
「俺も少しは協力しようかな……」
　そんなことを考えながら、道を歩いていると、桃川 圭花と出会った。圭花もネコッターに流れてきた呟きを追っているところだった。
「……噂には聞いてたけど、あのデブ猫、本当に恋してるのね」
　恋、か……と噛み締めるように圭花は心の中で呟いた。
　——好きっていう気持ちがあるなら、絶対にその想いは伝えたほうがいいのに……。
　そう思ったが、すぐに頭を振った。
　——ううん、そんなことボン太に言う資格は私にはないわね。結局、私は意気地なしだったし、自分の気持ちが何なのかもよくわかってなくて、それでたくさんの時間を無駄にしちゃったから。もっと早いうちに好きって言えればよかったのに……。
　ズキズキと胸が痛んだ。今、彼女は悲しい恋をしている……。
「桃川……？」
　刀の声に、ハッと顔を上げる。
「あ、ああ……御剣君」
　いつもの強気な表情を作って、圭花は応える。
「今、デブ猫とか言ってたけど、もしかしてネコッターのアレ、見たのか？」
「うん、見たけど……あ、もしかして御剣君、協力するつもり？」
「ボン太の恋にって言うか、まあ、俺にできることがあればするつもりだけど」
「ふーん、前から思ってたけど、御剣君ってお人好しよね」
「そ、そうかぁ？」
「そうよ。……でも、お人好しは嫌いじゃないわ」
　圭花は刀の瞳を覗き込んで、静かに微笑んだ。
　とそのとき、荒々しく鳴く猫の声が聞こえた。野良猫同士のケンカのようだが……。
　そこには１人先客の姿があった、小刀祢 切奈だ。



　暴れる猫の写真を撮ったり、猫の様子や被害状況などをつぶさにメモしている。
「何してるんだ？」
「何でも屋のバイトとして調査に来たのですよ～」
　刀が尋ねると、彼女は笑顔で答えた。
「ご近所から野良猫への苦情や被害が多発してるので、役所は状況を調べてこいと言ってるのですよ〜」
「ちょ、ちょっと待った。それってまさか、保健所が乗り出してくるってことか！？」
「はい。調査の結果、改善の余地がなければ、何でも屋と保健所で捕獲と駆除に来るそうなのですよ～」
「く、駆除って……いくらなんでも、それは可哀想だろ」
「お上が決めることなので、それはしょうがないのですよ〜。この分だと、どうせ駆除されることになりそうですし、個人的に何匹か狩って猫肉にして、今日のご飯に……」
「猫肉……？」
　のんきな雰囲気とは裏腹に、切奈は言動が怖い。食卓に上る猫の姿が、刀の脳裏をよぎる。
「だ、駄目だ駄目だ！　絶対駄目だ！」
「……なら、早めに解決してほしいのですよ。そうすれば『異常なし』と報告できますから」
「わ、わかった。野良猫はなんとかするから、報告はちょっと待ってくれ」
「ちょっとだけなのですよ〜」
　切奈はメモをしまうと、辺りを見回した。
「……どうかしたの？」
　圭花が訊くと、困ったように切奈は頷いた。
「村雨がいないのですよ」
　村雨というのは、切奈の飼っている山猫だ。調査に連れてきていたのだが、どこかへ行ってしまったようだ。
「近頃、どこかへ出かけることが多いのですよ。この騒ぎと何か関係あるのでしょうか……？」
　切奈と別れた刀は、ボン太が復活するまで荒くれ猫達の対処に乗り出すことに決めた。荒くれものの野良猫だが、商店街の顔なじみでもある。保健所に抹殺されてしまうような事態だけは回避したい。
「……野良猫なら、さっき向こうで餌の取り合いしてるのを見たわよ。特別に手伝ってあげる」
「え？　桃川も力を貸してくれるのか？」
「まぁ、この猫たちを放っておくわけにもいかないしね。なぁに、この子たちもちょっとヤンチャなだけだし、軽くたしなめればわかってくれるはずよ、軽くたしなめれば……ね？」



　商店街を見回りしながら、刀と圭花は盗みを働いている猫から、盗まれたものを回収していく。小１時間ほどで、財布に指輪、店先から盗んだであろう数々の品物を取り戻した。その数、山の如しである。
「こんなに盗んでたのかよ……ったく、ボン太が仕切ってないと無法状態だな。とりあえず、持ち主のわかりそうなものは直接届けて……あとは交番に持っていくか」
「あ、また何かくわえてる猫がいるわ……！」
　続いて、回収したのは誰かの携帯電話だった。
「こんなものまで、困ってるだろうな盗まれた人……。悪いけど、中身確認させてもらいます、ゴメンなさい」
　持ち主を調べるため、携帯の中をあらためる。
「持ち主、誰かわかった？」
「亜魚隈……さんの携帯らしい。誰かわからないから、これも交番だな」
　それから今度は、食べ物の奪い合いをしてる猫のところに。一匹の魚のために骨肉の争いをしてる猫を見るのはなんとも忍びない。忍びない上に、殺気立ちすぎて、通行人がその道を通れないようなレベルだ。
　刀は、友人の円の飼っているにゃーくんのために持ち歩いてる煮干しを、道の隅にまとめて置いた。すると、猫たちがワッと駆け出して集まってきた。
「はいはい、煮干しはたくさんあるから喧嘩するなよー」
「こうしてると、この子たちもかわいい猫なのにね」
「本当にな。あんまり調子に乗るなよ、おまえら。そんなことばっかりしてると、三味線の材料にするからな～、大人しくしててくれよホント」
　しかし、これで大人しくなるような猫なら、こうまで騒ぎにはなっていない。気を抜いていると、背後から猫が襲いかかってきた。一瞬だけ怯むも、普段から鍛えている刀はすかさず反撃、サッカーボールを蹴るように野良猫を蹴り上げた。
「こんなことしたくはないけど……暴れる奴はお仕置きして、大人しく言うことを聞いていたほうが得だと思わせないとな。ことをおさめられないから……」
　刀の目の鋭さを感じとった猫達は、標的を圭花に変える。圭花はあっという間に携帯を奪われてしまった。
「桃川の携帯が……！　こら、それは駄目だって！」
「……大丈夫よ。こんなこともあると思って、手は打ってあるし」
　圭花がジロリと猫を睨むと、得体の知れない何かを感じて、猫の動きが止まった。
「残念だけど抜け駆けはできないわ」
　次の瞬間、猫の身体が宙に持ち上がった。
　圭花のろっこん『all in one』には、触れた部品に他の部品を引き寄せ、ばらばらの機械や道具を復元する能力がある。あらかじめ、携帯のストラップを分解して、ホルダーを手元に残してあるので、猫ごと携帯は圭花の元に戻ってきた。
「まったく、ボスの様子がおかしいときに、好き勝手暴れちゃって……あなた達のすることはそれじゃないでしょ？」
「にゃーん……」
　しおらしく鳴く猫に、圭花はため息。
「伝わってるといいんだけど……」
　その間に、他の気の荒い猫は刀に捕まえられ、さっきとは打って変わってしゅんとしている。もう勘弁してくれと気弱に鳴く猫たちに、刀は少し自己嫌悪を感じてしまう……。
「仕方がないとは言え、猫をこらしめるのは気分悪いな……」
「まぁ少しはボン太だけじゃなくて、人間も怖がってもらわないとね。商店街の人は気が良すぎるから……ほら、次の場所に行くわよ」
「ああ……」
　ため息を吐いて顔を上げると、ふと、向こうの通りを行く円と能美子の姿を見つけた。ふたりで散歩……と言うより、円の散歩に能美子が付き合っている感じだろうか。
「弘明寺が一緒なのか……。あいつも変わった奴だけど、なんだかんだ付き合い良いよな……」
　微笑ましくふたりを見送っていると、また圭花から声がかかった。
「ああ、悪い。今、行くよ」