野良猫ボン太の恋わずらい｜リアクション

野良猫ボン太の恋わずらい

　エギングとは、エギ（餌木）と呼ばれる海老を模した疑似餌を使ったイカ釣りのことである。春は、産卵期の親を狙う大物釣りのシーズンだが、秋は餌を活発に追い始める新子の群れを狙う数釣りのシーズンだ。
　——やっぱりこの時期はいいな。人生経験がないから警戒心が薄いのか、よく釣れる。
　寝子島漁港の堤防で、亜魚隈猯利は気分良くエギングを楽しんでいた。始めて３０分ほど経った頃だろうか、ふと、クーラーボックスのまわりを野良猫がうろうろしていることに気づいた。
「……こら、駄目だ。向こうに行けよ」
　手を振って追い払おうとすると、野良猫は全身の毛を逆立てて、威嚇してくる。
「いや、威嚇されても、やれるようなものはないって。今度、おまえが食べられそうなもの連れたらやるから、今日は勘弁してくれ」
　猫は諦めて立ち去る……どころか、猛然とボックスをひっくり返し、イカを持ち去ろうとするではないか。
「だ……駄目だって、猫がイカ食ったら腰抜かすだろ」
　追いかけ回し、どうにかイカを取り戻せたが、無傷というわけにはいかなかった。
「……ててて、あの野良猫、遠慮なく引っ掻きやがって……ハッ！」
　荷物のところに戻った猯利は目を丸くした。今度はエギケースを持ち去ろうとする猫がいる。
「使いようがないし危ないだろ、というか今日の野良猫タチが悪いな！」
　またしても猫と追いかけっこをする羽目に。なんとか捕まえてケースを取り戻せたが……おや、なんだか雲行きが怪しい。猫を取り押さえる猯利のまわりに、ガラの悪そうな猫の集団が集まってきた……！
「……ええと、もしかしてここ、不良猫の集会場ですか？」
　ドスの効いた低い声で、にゃ〜ごと鳴く猫たち。
「……あっ。ち、違う。こいつを捕まえたのはケースを持っていこうとしたからで、別にいじめてるわけじゃ……って、わわわ！」
「にゃーっ！！！」
　ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇ！……とでも言わんばかりの勢いで、猫は一斉に飛びかかってきた。
「こ、これはまずい……！」
　猯利は携帯に保存していた画像で『防刃パーカーを着た男性』に変身した。人物の画像・映像を真似るろっこん『間違い探し』だ。
「これでひとまず……ギャッ！！」
　背中をよじのぼってきた猫に、うなじをザシュッと引っ掻かれた。これは地味に痛い。猯利の怯んだその隙に、猫たちは次々身体を上ってくる。
「……うわ、よせ！」
「フー！！」
　手の甲を引っ掻かれ、落としてしまった携帯をすかさず一匹の猫が持ち去る。
「お、俺の携帯。こいつら、なんで人の嫌がるものばっかり……！」
「にゃーーーー！！」
　野良猫の爪が、猯利の顔面を縦一文字……ならぬ三文字に切り裂いた。
「ギャーーーーッ！！！」

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