雨上がりの屋上｜リアクション

雨上がりの屋上

　寝子高２年の響タルトは桜花寮の自室で目を覚ました。
　目覚ましも鳴ってないのに、と静かに体を起こす。
　同室の友人を起こさないようにそっと窓辺に来ると、窓とカーテンの隙間に体をねじこんだ。
　さーーー。
　寮のみんなが動き出すには早い時間で、静かに雨の音だけが聞こえてくる。
「まだ降ってる」
　呟いて、小雨の降る外の様子をぼーっと見つめていた。
　ろっこんで猫に変身することのあるタルトは、猫の気持ちがわかるようになってきているのかもしれない。
「早くやまないか……にゃ」
　さーーー。
　とある６月、雨の月曜日が静かに始まった。

　２年生の朝鳥さゆるは雨の中、気だるげに登校してきた。
　女子高生ではあるものの、女子高生と言うには落ち着きのある、大人の女性のような空気をまとっていて、制服がまるで似合っていない。
　傘を差しているのにこう言うのもおかしいが、雨なんて気にしていないような、どうでもいいような、そんな雰囲気でたんたんと生徒玄関まで進んでいく。
　玄関まで着いて傘を閉じ、彼女はようやく気がついたかのように雨を見た。
「……」
　弱く、やる気がなさそうだと思う。
　でもそれは雨というより、自分の気持ちかもしれない。
　ガコン。
　さゆるの傘が、傘立てに捨てられるように入れられる。
　ご主人の去った傘の下には、じわじわと集まる雨粒が広がっていった。

　時が過ぎても、さゆるは２年５組の教室には現れなかった。
　彼女のすらりと長い足は、教室の手前でピタリと止まっていた。
「おはよう」
　と声をかけられれば返す程度の常識はあっても、ほとんどのクラスメイトとは話があわない。
　そう思い込んでいるだけだと言うのは簡単だが、彼女の心は誰にもわからない。
　おはよう、とすれ違ったクラスメイトの顔と名前も一致しないし、教室の中にいる他の生徒たちの顔もまるで初めて見るような気がしてくる。
　ここには入れない。
　彼女はきびすを返すと、廊下を再び歩き出した。
　帰ろうか、でも帰る気もしないから雨というものは厄介だ。
　気がつけばその足は階段を上り、屋上へと来ていた。

　さーーー。

　扉を開けると、弱いものの雨が降っている。
　さゆるは構わず外へ出る。
　雨が髪を、肌を、服を、すこしずつ濡らしていくが、気に留めることはない。
　金網に弱々しく手をかけると、灰色の景色をぼんやりと眺めた。
　次々と登校してくる生徒たちのカラフルな傘の色が、賑やかに踊る。
　しかし彼女の切れ長の瞳に写るものは、すべてが灰色であった。
　決して帰ってくることのない人のことを、ただ想っていた。

　ぎい。ばーん。

　屋上の扉が派手な音とともに開けられる。
「ああ？　まだ雨ふってるじゃねぇか！」
　いかつい体の生徒、魚塚源三。
　屋上に何をしに来たのやら、やまない雨に少々ご立腹の様子。
「くそったれ、こんな天気じゃ昼寝は無理だな……」
　登校早々に昼寝をしにきたらしい。
「ん？　何してんだ？」
　源三に声をかけられるが、聞こえないのか、聞こえないふりをしているのか、さゆるは振り向かない。
「シカトかぁ？」
「……」
　さゆるの頭がわずかに動いたものの、それだけ。
「っと、そろそろ購買が開く時間だな。焼きそばパンが売り切れる前に購買に向かうとするぜ～。あんたもパンを買うなら急いだほうがいいぜ！」
「……」
　さゆるの中のかすかな常識が、一応振り向いて軽い会釈だけでもさせるのだった。
「さて、またあとで来てみっかなー」
　ばつが悪いのか、わざとらしく独り言を吐きながら去っていく源三。
　さゆるは彼を気にも留めず、再び雨をみつめる。
　そして、ただ思い出していた。
「あの夜も、たしかこんなだった。こんな風に、雨が降っていた」
　ポケットに手を突っ込み、チャリンと何かを引っぱり出す。
　自室の鍵。それにつけられた、小さな銀のロザリオ。
　それが、彼女に残された最愛の人のすべてだった。

　雨は、ロザリオにも一粒一粒静かに降り注いでいった。

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