ねこでんのある風景｜リアクション

ねこでんのある風景

＝＝9:00ねこでん車中＝＝

　寝子島へ向かうねこでんの車中。朝鳥さゆるは電車のドアの前に立って、アンニュイさを漂わせた表情で車窓の外を見つめていました。
　外見は二十歳前後の美人、私服姿なので余計に１５歳の高校生には見えません。
　意識は景色ではなく、別の物を見ています。

　木天蓼市内でゆきずりの相手との一夜の快楽に溺れたあとの、星ヶ丘への家路です。
　……誰もいない、独り暮らしの大きくて広い家に。
　両親は３年前に他界しました。親類もいない天涯孤独の身です。
　一生遊んで暮らせるだけのお金を残してもらえたのはありがたいこと、のはずですが。
　お金では買えないものがあることを、さゆるは身に染みて知っています。

　ゆきずりの関係。目の前の現実から逃れるだけの愛欲。
　溺れている間はこれほどの快楽はないように思えるのに、終わってみるといつも、あまりに虚しい。
　──それは自傷行為、いや、そんな言葉ですら生易しい、こんな生活を送っていたらいつか必ず奈落の底へ落ち込んでいく……そんなことがぼんやりとした頭に浮かびます。
　けれど、他にどうしろというのか。
　シャワーを浴びた後の湿り気がまだ髪や肌に残っているのに、気だるさは消えていきません。
　どうすればほんとうに虚しさから逃れられるのか、その手立てをさゆるは知りません。
　学校に行けば静かさからだけは逃れられますが、お気楽に笑いはしゃぐクラスメイトたちの誰が、この虚しさをわかってくれるというのでしょうか。
　非難も同情もわずらわしいだけです。
　理屈ではない、身体に刻み込まれなければ、この虚しさはわからないでしょう。
　
　ぼんやりしていたさゆるの目に、寝子島大橋が映りました。
　虚しさから逃れたくて橋を渡って本土へ渡り、別の虚しさを抱えて島へ戻る。
　無意味で、皮肉で。
（あたしにはその愚かしさが似合ってるのかも）
　美しい唇の端に浮かんだ薄い自嘲めいた微笑に、気づいた人はいませんでした。
（あたしは壊れたままでいたいのかもしれない……その方が、まだ痛みは感じなくて済むから……）