嵐の夜に、猫鳴館にて｜リアクション

嵐の夜に、猫鳴館にて

　【２】
　そのころ。
　メアリは毛布をかぶって、猫鳴館の中を徘徊していた。
　シャワーを浴びて、とりあえず温まった彼女だったが、服は濡れて汚れたままだ。そこで、シャワー室に誰かが忘れて行ったらしいバスタオルをまとい、まずは服のかわりを求めて廊下を歩き回った。そうしてたどり着いた食堂で、彼女はこの毛布をみつけたのである。
「わらわにふさわしい恰好とはとても思えぬが……バスタオルを巻いたままよりは、マシであろうのう……」
　毛布を広げてみて呟き、思わず溜息をついたものの、住人から借りでもしない限り、女物の服は手に入りそうもないと観念して、それをかぶった。
　そのあと一旦シャワー室に戻り、脱いだ衣類を鍵の開いていた住人のいないらしい部屋に干すと、彼女はうなずいた。
「さて、ではこのダンジョンみてーな館の中を、見て回ろうかの」
　そうして、半ば冒険者気分で建物内を歩き回り始めたのだった。
　そうやってうろうろするうち、風が強くなり、吹雪が吹き荒れ始めたわけだが――。
「おおー。まさにまさに、わらわが冒険と探索を繰り広げるには、ふさわしい夜じゃ。……雪がまるで、礫のように飛んで行くではないか」
　二階の廊下の窓の、張られた板の隙間から垣間見える外の様子に、彼女ははしゃいだ声を上げる。毛布をかぶっているおかげで、温度が下がって来たことも、彼女にはさほど苦にはならないようだ。
　と、その時。
　脇の廊下から、ドタドタとけたたましい音が近づいて来るのが聞こえた。
「なんの音じゃ？」
　足を止めて眉をひそめるメアリの前に、飛び出して来たのはガイである。
「にゃ？！」
　左右色違いの目を見開いて、まるで猫のような声を上げる彼女に、メアリは叫んだ。
「エンカウンター！」
　その途端。
「にゃ～っ！！」
　文字どおり飛び上がり、ガイは驚かされた猫のごとく回れ右すると、そのまま一目散に駆け去って行く。
　これにはむしろ、驚かせたメアリの方が、あっけに取られてしまった。だがすぐに、彼女はにんまりと笑う。
「あのように驚くとは、わらわの災厄の王としての力も、たいしたものじゃ。……ふふん。やはり、わらわは最強なのじゃ」
　悦に入って呟くと、再び歩き出した。
　階段のあたりまで来て、彼女はふいに鼻をうごめかす。どこからか、美味しそうないい匂いが漂って来るのに気付いたのだ。
　その匂いに引き寄せられるように、彼女はふらふらと大部屋へと向かう。
　そう。彼女の鼻が捕えたのは、大部屋で炊かれている鍋の匂いだったのだ。
「なんという、良い匂いじゃ……」
　大部屋の前で足を止め、思わず呟く彼女の腹が、ぐぐ～っと鳴った。考えてみれば彼女、夕方ここに来てから何も口にしていない。
　と、ふいに。
「そんなとこに立ってないで、中に入ったら？」
　背後から声をかけられ、メアリはさっきのガイよろしく、飛び上がった。ふり返った先に立っていたのは、春香だ。
「中で、鍋やってるし、あったかいわよ」
　目をしばたたくメアリに、春香は笑って言う。
　彼女は、トイレに立って戻って来たところだった。メアリが寮内では見かけない相手だとは察したものの、誰かの友人とか家族とかだろうと考えて声をかけたのだ。現に大部屋には、寮生ではない刀がいる。他に、同じような者がいたとしても、不思議はないと。
　対してメアリは、『鍋』の一言に目がくらんだ。
「いいから、いらっしゃいよ」
　大部屋のドアを開け、春香が手招くのへうなずく。
「よかろう。馳走になろうではないか」
　そのまま、ふらふらと大部屋へと入って行った。