【にゃーくんと愉快な仲間たち】

「あ、来た来た。おーい！」
　待ち合わせ場所にて、人混みを遠巻きに眺めていた桜庭 円は、その中から抜け出てきた友人、ブリジット・アーチャーの姿を見つけると、背伸びしてぱたぱたと手を振りました。
「おはよー、ぶりちゃん！」
「おはよう円、にゃー君。すごい人ね、服に皺がついてしまったわ」
　ぱっぱっ、と軽く裾を払いつつ、そんなことを言ったブリジットでしたけれど。表情は明るく、この騒がしくも賑やかな空気を楽しんでいる様子です。
　円とブリジットがここ、シーサイドアウトレットへと訪れたのは、今日も円の肩口に陣取っております彼女の愛猫、にゃーくんに服でも買ってあげようか、というのが一つの目的ではありました。
　けれど、それだけでは無くて。
「で、そちらが噂のお姉さんね？」
「うんっ、紹介するねー。ゆず姉だよ！」
　円の後ろで、物珍しげにきょろきょろきょろ。あちこちを興味深げに見回していたその女性は、名を呼ばれて振り返り、にっこりと微笑。
　そう、本日の主賓は円の姉、寝子島へは最近引っ越してきたばかりの、このゆずお姉さんなのです。
「初めまして、桜庭 弓弦です。円のお友達にお会いできるなんて、嬉しいわ！　よろしくお願いしますね。うふふっ」
「こちらこそ。初めまして、よろしくね、弓弦」
　彼女を円の友人に紹介しつつ、お店を案内してあげよう！　というのが、今日のもう一つの趣旨なのでした。
　握手を交わしつつ、並んだ姉妹を見比べてみますと。弓弦の長身は、若干ブリジットのイメージとは違っていたりしたものの、その面立ちは確かに、円に似ておりました。
　やっぱり姉妹なんだなぁ、とうなずいて、ブリジットは内心納得……しかけて。
「……？　どしたの、ぶりちゃん？」
「うん。何でもないわ、何でも……」
　二人の胸元、その歴然とした差については、ふいっと目を反らして見なかったことにしました……主に胸囲的な意味でね。ちょっと差がありましたものでね。
「そういえばゆず姉、お土産があるって言ってたよね？」
「そうそう！　この間、海外へ旅行に行った時に買ってきたものなの。お近づきの印に、ね」
「あら、それは嬉しいわね。何かしら？」
　と言って弓弦が取り出しましたのは、高さ20cm程度の、アヤシゲな黒い彫像のような……ええとお姉さん、何でしょうこれ？
「ヴードゥー……何とか、だったかしら？　ね、とにかく、こう。ユニークでしょう？」
　……呪物だこれー！
　とはいえ、せっかく受け取ったものではありまして。ブリジットは、弓弦の微笑みと手の中の彫像をしばし見比べてから、
「何だかホラーな感じがするけど……エキゾチックね。サンキュー弓弦、リビングに飾らせてもらうわ」
「ええ。喜んでいただけて良かったわ」
　感謝を述べつつも、ブリジットは、うん。やっぱり姉妹だ、と思ったということです。
「？　どしたの、ぶりちゃん？」
「何でもないわ、何でも。ふふっ」
　この独特の感性が、やっぱり、ね。



　諸々お店を周りつつ、三人がやって来たのは、モール内にある大きなペットショップです。
「ところで……今日のにゃー君は、何だか緊張してるみたいね？」
　ブリジットの言葉に、見ればにゃーくん、ぴーんとシッポを立てまして、確かにいささか落ち着かない様子です。
　円はその背に手を伸ばし、優しい仕草で撫でてやりながら、
「うん、ゆず姉が来てからこうなんだ。知らないお姉さんが家にいるから、びっくりしてるのかな？」
「あらあら。ここは、お家の小さな先輩のために、贈り物で機嫌を直してもらわなくちゃいけないわね。うふふ♪」
　なんて楽しそうな、軽い足取りの弓弦に続き、二人もお店へと入ります。
　ペットショップには猫、犬といった定番どころを始め、小鳥や魚、爬虫類とか、昆虫ですとか、他にもちょっと変わった動物たちがいくつも並んでおりまして、見た目にも楽しく賑やかです。
　弓弦はくるくると辺りを見回してから、ぴーんと何かを思い立った様子で、まずは熱帯魚の水槽が並んでいるコーナーへ。
　優雅に水中を泳ぐ綺麗なお魚たちを眺めて回ると、
「ほら、円。これなんてどうかしら？」
「どれどれ？」
　円が覗き込むと、美しく虹色に輝く熱帯魚たちが、ふよふよと水槽の中を泳いでいます。にゃーくんも水槽へ前足を伸ばしてかりかり、興味津々です。
「わー、綺麗な魚だね。ええと、なになに……クリスタルレインボーテトラ？　ゆず姉、飼いたいの？」
「えっ？　キラキラしてて美味しそうでしょ？　喜んでもらえるかしら、って思って」
「にゃーくんのエサ！？」
　どうやら、にゃーくんのちょっと豪勢なゴハンのつもりだったようです。
「えっ、これは食用ではない。そうなの？　残念……」
「……何だか私、弓弦のこと、分かってきた気がするわ」
　うん。このお姉さんは、天然だ！
　と、ブリジットが手にしているのは、正真正銘、にゃーくんへのプレゼント。
「ほら、にゃー君。こんなのはどう？」
　円の肩に座るにゃーくんの首元へ、ふわり。かけてあげたのは、シックな茶色にチェック柄の、トレンチコート風のマントでした。
「うん、とっても似合ってる。格好いいわよ、にゃー君」
「わ、にゃーくん頭良さそう！　帽子もあれば、ホームズだね」
　お姉さんたちに褒められて、にゃーくんもまんざらでもなさそう。ついっと胸を反らして、どう？　似合う？　なんてちょっぴり、得意げです。
「気に入ってもらえたみたいね、良かった。じゃ、これ買ってくるわね」
「うんっ、ありがとーぶりちゃん……、んん？」
　レジへと向かおうとして……二人はぴたりと足を止めました。ゆず姉がいそいそと持ってきたそれが、イヤでも目に留まりましたもので。
「ねえ見てこれ、猫用のコタツよ！　これから肌寒くなってくる季節だし、ユニークだし、それにそれに、こんなに存在価値の微妙なものって、なかなか無いわよ！」
「楽しそうねぇ……」
「こういうの大好きなんだー、ゆず姉って」
　何であれ、変わったものを集めるのがシュミという弓弦は、サンマ型ねこじゃらしと一緒に、これまたサンマ柄の小さな猫用コタツをご購入。
　もちろん、当のにゃーくんはと言いますと、マントを羽織って英国探偵ばりの決まり具合に、おもちゃも買ってもらえてご満悦、でありました。



　買い物も終わり、ひとまずお店を出て、さて次はどこへ行こうか……なんて相談をしていた矢先のこと。
「……あれ、ゆず姉は？」
「時々ふらっといなくなるわね、弓弦って」
　周囲を見回す二人。
　にゃーん、っとひとつ鳴いたにゃーくんの声に、振り返ってみましたら。
「……ま、円、ブリジットちゃん……これ、これいくらかしら……？　これ持って帰りたい……！」
　ずるずるずる。弓弦が引き摺るようにして連れてきたのは、
「おいおいお姉ちゃん、俺、仕事中なんだけどなぁ」
「あっ、サンマさんだ！」
　寝子島シーサイドアウトレットの秋フェスに、ＰＲのために出向中。ご存知、寝子 サンマさん！
「えっ、これは着ぐるみではない。そ、そんな……お金なら、お金なら払いますからー！」
「弓弦、サンマさんは売り物じゃないのよ……」
　初めて見るサンマさんがよっぽど気に入ってしまったらしく、ひしっ！　抱きつき食い下がる弓弦へ、
「まあまあゆず姉、後でサンマさんのグッズでも見ていこうよ」
「あら、そんなのがあるの？　仕方が無いわね……それでガマンすることにしようかしら」
「悪いな、お嬢さん。俺はみんなのサンマさんだからな。一人の女の子のモノにゃあ、なっちゃやれねえのさ……」
　そんな光景に。
　桜庭姉妹を改めて見比べますと、ブリジットはこくり、大きくうなずいて。
「ん？　どしたの、ぶりちゃん？」
「何でもないわ、何でも……うーん、姉妹だわ。やっぱり」
　この独特の感性が、やっぱり。ね！