アナタの後ろにダレカいる｜リアクション

アナタの後ろにダレカいる

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「うん、……うん、おそくなるけど心ぱいしないで」
　受話器を置くと、電話を貸してくれた友人の母にぺこりと頭を下げる。
「ありがとうございました。……おじゃましましたー！」
　元気な挨拶と共に友人の家を後にし、軽い足取りで家までの道を進む。
　暗くなった夜空に瞬く星々や、散歩中草むらに顔を突っ込んでいる可愛らしい柴犬。鼻を擽るどこかの家の夕食の香りや、頬を撫でる少しだけ冷たい風。いつもと変わらない「フツウ」の風景。
　そんな風景の中、歩みを進める小島海美の表情は明るい。
（たのしかったなー、またやりたいな）
　友達と一緒に遊んだゲームを思い返しながら、海美は大きな目を細めた。
　初めて遊ぶゲームで最後まで友達に勝つことは出来なかったが、勝ち負けよりも友達と一緒に遊ぶことが楽しかった。ボタンを連射した親指が僅かにじんじんと痺れている、少し熱中しすぎたかもしれない。
（こんどは、わたしの家にあるゲームももってこう！　一しょなら、クリアできるかな？）
　次に遊ぶ機会を想像するだけで、楽しい気分になってくる。
　旧市街の住宅街、家々が立ち並ぶ暗い夜道を歩きながら、海美は様々な想像を巡らせていた。次は自分の家に呼んで遊ぼうか、違う子も誘って大人数で遊ぶのも楽しそうだ……ふと、楽しい想像はそこで止まる。
　暗くなった帰り道は、どこかいつもと違うような気がする。
街灯の明かりはあるものの人気はなく、辺りを何気なく見回した海美の瞳が僅かに曇った。
先程までの楽しい気持ちを塗り替えるように、寂しさが胸の奥からじわじわと湧き出す。つい先刻まで友達と一緒に過ごしていたからだろうか、暗い夜道に一人きりという事実を強く意識してしまう。
（おかあさんのきょうのごはん、なにかな……？）
　寂しさを紛らわすように、家で温かい夕飯を作って待っているであろう母親のことを考え、海美は足を速めた。
　海美の表情から楽しげな色が消え、代わりとばかりに眉尻が下がって不安が浮かぶ。
（おばけとか、出てこないよね……？　大じょうぶ、だよね）
　一瞬頭に浮かんだ想像を振り払い、海美は自分を勇気付けながら帰り道を急ぐ。一度意識してしまうとなかなか不安は拭えないもので、海美の表情はどんどん曇っていった。
　もしものことを考え、周囲の音に耳を澄ませる。
　――コツ、コツ、コツ。
「……え？」
　後ろから聞こえる足音に気付いて、海美は足を止めた。
　すると、足音も同時に止まる。
　しばらく立ち止まってからまた歩き出すと、同じように足音が響く。
（もしかして、へんなおじさん！？　だったら、どうしよう。大きいこえ出してにげなきゃ！）
　歩む速度は緩めないまま、ざわつく胸を押さえながら海美はゆっくり振り返った。
　しかし、そこには誰もいない。
（だれもいない！　でも音はする！　…………おばけ！？）
　不安が恐怖に変わり、その場から走り出す。
　大きな瞳に薄っすら涙を浮かべ、得体の知れないものへの恐怖を顔に刻みながら、海美は必死で足を動かした。
　足音はつかず離れず、海美の後ろを着いてくる。
（このままじゃ、おいつかれちゃう！　……あ！）
　海美の瞳に見慣れた家が映ると安心に口元が小さく緩んだ。
　焦り、もつれそうになる足を動かしてどうにか家に駆け込む。
「おかあさーん、ただいま！」
　息を切らせながら急いで扉を閉めると、玄関口に座り込んだ海美は安堵の息を吐いた。
　上がった息をととのえつつ、
「おかあさん、きょうのごはん、なに？」
出迎えに来た母親に問い掛ける。気がつくと、随分お腹がへっていた。
　家に上がると、もう足音はしなかった。
　海美についてきた足音の正体が、立ち並ぶ塀に反射した自分の足音だと気付くのは、母親と夕食を食べている時の話。