アナタの後ろにダレカいる｜リアクション

アナタの後ろにダレカいる

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「……まだついてくるか。……はっ！　もしかして、俺のファンとか！？　サインは一人二枚まで頼むぜぃ」
　思い付きをそのまま口にしてみたはいいが、背後の気配に動きはない。
　知り合いであれば、出てくるタイミングはいくらでもあっただろう。にも関わらず声を掛けないというのは、背後の気配は知り合いのものではないということだ。……もしくは武道を驚かせようとしている可能性もあるが、それにしてはタイミングが遅すぎる。
「そろそろ、ネタバラシしてもいいんじゃないか？　ドッキリ大成功―ってさ」
　返答はない。
　良くない予感が武道の頭を過ぎる。ただの変質者であれば襲われてもろっこんを使えば良いが、実体のないもの――霊的なものだったら、逃げ出すしかない。
　時刻は夕方。昼でも夜でもない黄昏時には、そういった魔性が出やすくなると聞いている。
　自分の気にしすぎだったら良いのだが、と色々な可能性を考えながら、武道は難しい表情を浮かべ意図的に歩みを遅くして、その正体を探る。
　歩幅や足音から、大人なのかそれとも子供なのか……もしくは人間以外なのか、武道は背後に意識を集中させる。
　ひた、ひたと静かな足音が聞こえる。
　武道との距離はおよそ一メートルくらいだろうか。音から察するに人間ほど大きくはないのかもしれない。
　そこまで探ったところで、武道は突然走り出した。
　逃げ出すと見せかけ、百八十度向きを変えて背後のものに近寄る。
　黒い影が視界の端に映る。どうやら逃げ出したようだ。
　武道はその黒い影を追い掛ける。
「……にゃーん」
「猫か……なぁーんだもー、ビックリ☆」
　正体は黒猫だったようだ。黒猫は武道を見つめながら、一度小さく鳴いた。
　首輪はしていないが人に慣れているようで、武道が近寄っても逃げる様子はない。
「そんなに俺に構ってほしかったのか？　それとも腹が減ってるから何か食べたかったとか？　にしても俺、猫にビビりすぎ。ビビりの俺、笑えるー☆」
　様々な可能性を考え、胸をざわつかせていた自分の様子を思い返しながら、武道は可笑しそうな笑い声をあげ、その場にしゃがみこんで猫に手を伸ばす。
　すっかり緊張の溶けた武道の背後には、首のない女が佇んでいた。

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　真央の表情は強張ったままだった。
　一つ上の優しい先輩は、どんな時でも自分を助けてくれるだろう。
（――でもその結果は？）
　背後に感じる気配は消えることなく、一定の距離を保って真央を追ってきている。
（この恐怖に根拠も結果もあったなら？）
　真央は心の中で、問い掛けを繰り返す。
（真央ちゃんのせいでセンパイが巻き込まれてしまったら？）
　答えは既に出ていた。こんな状況に身を置くのは、自分一人で十分だ。
　奥歯を強く噛み締めて、真央は早足で進む。

「……え？」
　何か、生ぬるいものに腕を突っ込んだような感触がした。
　思わず立ち止まって腕を確かめるが、そこに腕はなかった。
　ただ、闇が広がっているばかりだ。
　　呼吸が止まる。腕を動かそうとするが、感覚がない。
「～～っ！？」
　声にならない声をあげて、真央は跳ね起きた。
　汗ばんだ肌に貼りつく寝巻きの感触が気色悪い。
　周囲は暗いものの、そこが見慣れた自分の部屋であることは確認出来る。
　ためしに腕を動かしてみると、確かな感触がそこにあった。
「どこから夢だったのだ？」
　旧市街で三毛猫を召喚し、背後の気配に気付いて走り出し、武道とぶつかり、腕がなくなって……どこまでが現実で、どこからが夢なのか分からない。
　心臓はばくばくと脈打っている。
　とにかく、心を落ち着かせようと真央は肺いっぱいに空気を吸い込んだ。
　ぽたり。
　真央の額に、冷たいものが触れる。
「……雨漏りなのだ？」
　指先で液体を掬うと、ぬるついた感触が伝わる。
　天井を見上げると、そこには――。
　真央の視界が、真っ赤に染まった。