アナタの後ろにダレカいる｜リアクション

アナタの後ろにダレカいる

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　星ヶ丘、「パルラ・フルーレ」の最上階。
　壬生由貴奈は自室で時計を眺めていた。針が動く度、休日が終わっていく。
「授業、めんどくさいなぁ」
　溜息混じりの呟きを零し、いつも身につけているベルトポーチを引き寄せる。
　中には愛用している工具類と、おやつのクッキー。甘いものをつまもうとしたが、指先に触れるのは工具ばかり。
　明日のために、クッキーを焼こうと由貴奈は立ち上がる。一度大きく伸びをしてからキッチンに向かうが、釈然としない様子で首を傾げる。
「……しっかし、さっきから気のせいかなぁ？　誰かに見られてる気がする」
　室内を見回してみるが、自分以外の誰かが入った形跡はない。
　そもそも、高級マンションだけあってセキュリティは強固である。二つのディンプルキーと指紋認証を突破するのも容易ではないだろうし、エントランスには二十四時間コンシェルジュがいる。
　不審者が侵入するのは、けして簡単なことではない。
　由貴奈の視線はベランダへ移動する。
　日中、布団を干すのにベランダを開けたが、五階まで上ってくるような不審者はいるだろうか。
「ま、いいや。さっさとクッキー焼いて寝よう」
　気にしない気にしない、と呟いて由貴奈はキッチンへ向かう。
　相変わらず気配は感じているが、何も起こらないということは気のせいなのだろう。さて、今日はどんなクッキーを作ろうか……由貴奈は腕まくりをした。

　室内に甘い匂いが漂う。
　オーブンから鉄板を取り出すし、由貴奈はその出来を見て満足そうな表情を浮かべた。
　白と緑の市松模様やうずまき模様のクッキーが鉄板の上で、香ばしい香りを漂わせている。
　本日のラインナップはバニラと抹茶、焼き具合も丁度良さそうだ。
「はい、出来上がり、と。うんうん、いい感じだねぇ」
　粗熱をとるため、キッチンペーパーの上に並べながら由貴奈は頷いた。
　背後の気配は変わらず存在しているが、確認してみても誰もいない。
　不思議そうな顔をしながら、焼けたクッキーを入れるための袋を用意していると、背後の気配が動いたような気がした。
　由貴奈の耳に、微かな音が届く。
「ん、今、何か聞こえたような……？」
　手を止めて耳を澄ませてみる。
「にゃーん？」
「猫の鳴き声……？」
　鳴き声はクローゼットからしているようだ。
　クローゼットの扉を開けると、一匹の猫が由貴奈に体を摺り寄せてきた。
　甘えるような声を出しながら、由貴奈の足に尻尾を絡ませる。
「まさか、五階まで登ってきてベランダから入ってきたりしたのかなぁ」
　由貴奈は指先で灰色の毛並みを擽りながら、ちらとベランダを見やる。
「にゃぁん」
　それに答えるかのように、猫がもう一度鳴いた。ピンク色の鼻をひくひくと動かし、由貴奈に何かを求めるように鳴き声を発する。猫の視線はキッチンに向けられているようだ。
「こいつめ、クッキーの匂いに釣られてやってきたなぁ？」
　ぐるぐると喉を鳴らす猫の様子に、由貴奈は笑みを零した。
　キッチンからクッキーを二枚ほど持ってきて、冷ましてから小さく割って皿の上に乗せてやる。
　猫はクッキーに顔を近づけると、許可を求めるように由貴奈を見上げた。
「いいよ、ただし、クッキー食べたらちゃんと帰るんだよ。一階の正面玄関まで連れていってあげるから」
「にゃーん」
　カリカリと、小さな音を立てながら猫はクッキーを食べ始める。今日焼いていたクッキーがココアでなくて良かった、由貴奈は猫の様子を見て知らず頬を緩ませた。
　戯れに指の背で猫の背中を撫でると、猫は心地よさそうに喉を鳴らす。
「まさか、こんなお客さんが来るなんてね……でも、たまにはこういうのもいいかなぁ？」
　猫が、由貴奈の言葉に同意するように小さく鳴いた。由貴奈はそっと、猫の頭を撫でてやった。