アナタの後ろにダレカいる｜リアクション

アナタの後ろにダレカいる

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　溜息を一つ吐いて、屋敷野梢は開け放たれた扉の外を眺めた。
「明るいうちならまだ良かったんですけどねー……なんか気配を感じますし」
　祖父の家、裸電球に照らされた倉の中、梢は独り言を呟く。怖さを紛らわす意味合いもあるのだろう、勝手に言葉が口をついて出てきていた。
「施錠してるから人はいないし、気のせいとは思うんですけどね」
　出しっぱなしにされていたホースを片付けながら、一度倉の中を見回した。
　何に使うのか分からないがらくた、埃をかぶった古い道具――雑然としたこの空間が、梢はけして嫌いではなかった。
　薄暗く静かで、外界と隔絶されているような不思議な場所。埃やカビ、土の入り混じる淀んだ匂いがどこか懐かしさを感じさせる。
　悪い感情は抱いていないとはいえ、梢も女の子である。扉を閉めて作業をするのは怖いので、扉は大きく開け放たれているのだった。外からは、虫の声が微かに聞こえてくる。

「……さて、こんなものですかねー」
　道具を片付け、埃のついた手を軽く払うと手の甲で額を拭う。
　すべきことが終わってしまえば長居は無用、倉を後にしようと梢は扉に向けて足を踏み出す。
　――その矢先。生暖かい風が、梢の頬を撫でるような感覚に捉われる。
　そっと頬に触れつつ、外の風景を見てみるが風が吹いている様子はない。
　今日も「何か」の気配を感じて肩を竦めるが、もう倉を出るのだからと気に留めることなく歩みを進めるも、突如響いた音に梢は身体を竦ませた。
「ひっ……！？」
　カン、カンと何かを叩くような音。
　音の正体を確かめるべく振り返る。緊張した面持ちを浮かべる梢の瞳に映ったのは、一匹の虫――ヤママユガだった。
　どうやら、光に吸い寄せられて外から迷い込んできたらしい。
「なんだ、蛾ですか。ほら、ここから出ないと死んじゃいますよー」
　安心したように肩の力を抜くと、踵を返して手近にあった竹箒を手に取る。
　蛾を閉じ込めたままにしてしまったら、恐らく死んでしまうだろう。
生物部の部長として蛾を見殺しにするわけにはいかないと外に追い立てるように箒を振るうが、どうにも上手くいかない。
「もー……そっちに行ったらだめですってば――ん？」
　扉とは反対方向、倉の隅に向かって逃げていく蛾を梢は追いかける。
　その途中、片隅に置かれていた人形と目が合った。
　白地に蝶の模様が入った着物を着た人形は、真っ直ぐに梢を見つめているように見えた。
　目が留まったのは、着物の柄のせいもあるのかもしれない。梢は竹箒を傍らに置いて両手で人形を抱き上げると、黒髪に積もった埃を払う。
「こんなのあったっけ？　でも何か、何か高価そー！」
　随分と昔、屋敷野家は裕福であったと聞いている。きっとこれもその時の物なのだろう。見れば、随分と丁寧に作られている気がする。
　大きな目で検分するように和人形を眺める梢の横を、蛾が通り過ぎた。扉を抜け、闇へ姿を消したことを確認してから梢は頷いた。
「よし、今がチャンス！　今度こそ、明かりを消して……」
　照明を落として倉の外に出る。今度は予想外の来客が来ることもなかった。
　倉で見つけた人形を手にしたまま、梢は歩き出す。
「おじーちゃんに聞いたら、何か知ってますかね？」
　ゆらゆらと三つ編みを揺らしながら梢は人形を眺める。
　倉で見つけた時よりもどこか嬉しげな雰囲気を纏っているように見えるのは、梢の気のせいだろうか。
　月明かりは梢と人形を優しく照らしていた。

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