アナタの後ろにダレカいる｜リアクション

アナタの後ろにダレカいる

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「ネミッサを呼んだのはだあれ？」
　星ヶ丘にある蔦薔薇の館。静まりかえった廊下に、赤い髪の少女が一人。
　ネミッサ・ネモローサは寝巻き姿のまま部屋を抜け出して、金糸雀のような声で問い掛ける。
　答えが返ってこないことを気に掛けた様子はなく、広い館内をふらふらと歩んでいく。
　時折振り返り、後ろを確認するが人の姿はない。
「うふふ、随分とシャイなのね」
　小さく笑うと、歌うような声で言葉を紡いで、ネミッサは納戸の扉を開けた。
　中に入っているのは埃を被った手斧。ネミッサにはまだ重たいであろうそれを手にすると、振り返って人形のように笑った。
「一緒に遊びましょう恥ずかしがり屋さん。ちょうど退屈していたの」

　寝静まった館の中に、小さな足音が響く。
　片手に手斧を持ったネミッサが、背後の気配から逃れるように走っていた。
　表情には楽しげな色が浮かんでおり、そこに恐怖はない。
　友達と遊びに興じる子供のような笑顔で、ネミッサは階段を下りていく。
「かくれんぼかしら鬼ごっこかしら、夜はまだこれからよ」
　薄暗い館内には、他に幾つもの気配が感じられたが、ネミッサを追ってくるのは一つだけだった。
　何故か、他の住人が起きてくる気配はない。
　踊り場を下り、ネミッサの足は食堂へ。背後の気配はネミッサを追いかける。
「――兄弟達はテーブルの下で私の骨を拾い、大理石の下へ埋めたの」
　食堂のテーブルの下をくぐりながら、マザーグースの一説を口ずさむ。ネミッサの瞳は輝いていた。
　ネミッサが柱時計の中に隠れれば、背後の気配も一緒に柱時計の中へ。
　ネミッサがカーテンの裏に潜めば、背後の気配も一緒にカーテンの裏へ。
　二人の遊びは、終わる気配を見せない。
「ほらそこよ！」
　振り向きざまに片手を振るうと手斧の刃が煌き、ネミッサの後ろの空間を薙ぐ。
　当然ながら手ごたえはないが、それでもネミッサは満足そうだった。
「ああ楽しい。今日はとっても素敵な夜。ネミッサ達いいお友達になれるわ、きっと」
　ねぇ、と同意を求めるように首を傾げる。
　少女には不釣合いな手斧が、窓から差し込んだ月光を反射して鈍く光った。
　何が可笑しいのか、ネミッサはくすくすと押し殺した笑いを漏らす。
　細い人差し指で斧の刃をなぞり、歩調を緩めて館内を歩き回る。

「あら、ここは？」
　ぎぃ、軋むような音を立てて開いたドアの向こう、真っ直ぐに続く廊下の突き当たりの部屋。
　どこか古ぼけた扉を開けようとするが、鍵がかかっているようだ。
　訪れたことのない廊下の空気は埃っぽく、ひんやりとネミッサにまとわりつく。
　手斧で鍵を壊して室内へ入ると、そこは子供部屋のようだった。
　何年も放置されていたのだろう、小さな木馬や子供用のベッドには埃が積もっていた。
「あなたの正体が分かったわ」
　ネミッサは、虚空に向かって話しかける。くるくるとその場で回ると、寝巻きの裾がひらりと舞った。
「あなたは前の持ち主の病弱な一人娘。愛娘を亡くしたショックでこの館を手放した、外交官の可愛い子供。ずっと一人で寂しくて、お友達がほしかったの？　子供部屋の机の上に置かれた日記帳、これを読んでほしくて？」
　色褪せた日記帳を手に取ると、埃が舞い落ちた。
　その言葉が真実なのか否か、背後の気配は肯定も否定もしない。
　ネミッサは言葉を続ける。
「幽霊だって構いやしない。ネミッサ達、今日からお友達よ」
　背後の気配が、小さく頷いたような気がした。
　忘れ去られたような子供部屋。本当にあるのかも分からない、薄闇に包まれた空間。
　夜の間中、その部屋から子供の笑い声が響いていたというのに、蔦薔薇の館の住人達は誰一人として目を覚まさなかった。