アナタの後ろにダレカいる｜リアクション

アナタの後ろにダレカいる

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　一仕事を終えたミハイル・シャガールは悩んでいた。
　悪魔祓いの仕事を終わらせ帰路についている途中、背後に感じる何者かの気配。
　ミハイルを追い越すでも、遠ざかるでもなく常に一定の距離を保ってミハイルの後ろを歩く何か。
　その正体を確かめるために振り返るべきか、ミハイルは葛藤していた。
　人か、獣か、それとも悪魔か。正体は分からないものの、悪魔祓いを生業とする身である以上、仮に悪魔だったら振り返らないわけにはいかないだろう。
　寝子島のフツウな日常を脅かす彼らを、野放しにするわけにはいかない。
「確認しなければ……しかし……！」
（――もしもアレに関するものだったら？）
　ミハイルが昔遭遇した、科学では到底説明出来ない事件。恐らくあれは、悪魔の仕業だろう。
　あの時は、命ばかりはどうにか助かった。代償として髪の色は抜けてしまったが、こうして生きているのだから高いものではないだろう。
（しかし、次は？　次こそ、持っていかれるかもしれない）
　思い出すだけで体が震える。冷たい汗が背筋を伝う。
　ただの不審者という可能性もある。それだったら冷静に対処をすればいいだけだ。
　冷静に考えれば、過去のトラウマに関連するものの可能性は少ないのかもしれない。
　けれども、ミハイルはその可能性を否定出来なかった。
　心に根付いた強い恐怖が、神父としての職を全うしようとするミハイルの意思を妨げる。
「……っ！？　気配が……」
　耳元で聞こえる息遣い。何を言っているのかは分からないが、地を這うような不気味な声。
　ミハイルの心臓が激しく脈打つ。縋るように十字架を握り締め、神に向かって祈りを捧げる。
「か、神よ……！　私に勇気を与えてください……！」
　震える声で祈り、ミハイルは深く息を吸い込んだ。
　どうしても、後ろを振り返るというそれだけのことが出来ない。意を決して振り返ろうとしても、動きが途中で止まってしまう。
「けれど、私は、神父として……」
　自分を奮い立たせるように言葉を発し、片手で十字架を握り締める。
　体を支配する恐怖に打ち勝つだけの勇気を振り絞って、静かに息を吐き出した。
　いつの間にか、背後の気配との距離が縮まっている。
　一歩、足を止めて振り返るだけ。分かってはいるが、どうしても足を止めることは出来ない。
「――神父としての、職務を果たさなければ」
　声は震えていたが、ミハイルの心は決まった。煩いほどに脈打つ心臓を押さえ、足を止めると勢いよく振り返る。

　何も、見えなかった。
　悪魔どころか、動物すらいない。静かな夜闇が広がっていた。
「とらわれすぎ、でしょうか。けれど……」
　無意識に詰めていた息を吐き出し、表情に憂いを滲ませる。
　十字架を握り締め、過去に遭遇した事件のことを思う。
　じくりと胸の奥が痛む。気がつけば、奥歯を噛み締めていた。
「いつか、乗り越えないといけないですね」
　自分の抱える心の傷。それを放っておくわけにはいかないだろう。
　悪魔祓いを生業にして生きていく以上、いつかは向き合わなくてはならない。
　事件の傷跡である、色の抜けた白い髪が夜風に揺れていた。

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