アナタの後ろにダレカいる｜リアクション

アナタの後ろにダレカいる

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　街で味わってきた喧騒は、まだ体に熱として残っている。
それを冷やすかのような風が吹くと、新江天懸は僅かに身を縮こませた。
　肌に触れる風は冷たく、まだ秋といっても深夜に薄着で出歩くのは少しだけ肌寒い。
　神奈川本土で遊び歩いた帰り道、下宿をしている親戚の家に向かって、天懸は参道商店街を歩いていた。
　深夜ともなれば普段は賑わっている商店街にも人気はなく、すっかり静まりかえっている。
（あーくそ寒くなってきた。怒鳴られる前にとっとと布団に入って寝るとするか）
　ポケットに手を突っ込んだまま、早足に夜道を歩く。
　とっくに玄関の鍵は閉められているだろうが、窓から部屋に入れば問題はない。すっかり慣れたものである。
（あ？　なんだこの気配？）
　背中に何かの気配を感じて、天懸は眉を寄せる。
　声を掛けるでも近付くでもなく、一定の距離を保って天懸の後を追ってきているようだ。
　こんな時間に出歩いているのはいつもの補導員かとも思ったが、それならば声を掛けてくるだろう。天懸の後を尾行する理由は、彼らにはない。
（だとするとあれか？　逆ナン待ちの女か？）
　そうだったとしたら、優しげな声を掛けてどうにか……自分に都合の良い想像を巡らせながら、少しの期待を胸に天懸は振り返る。
　だが、そこには何もいなかった。
　いつもと変わらぬ、商店街の風景が広がっているだけである。

　多くの色彩と刺激に彩られた街とは違う、寝子島の景色。ごくごく「フツウ」の商店街。
　天懸から表情が消える。
　体に残っていた熱も、一時の楽しさも、何もかもが引いていく。代わりに訪れたのは、冷たい感情。
（この島は何もないちっぽけな島）
　冷たさを抱きながらも、臓腑の底から苛立ちが湧き出す。
　ポケットの中の手を強く握りしめると、掌に爪が食い込んだ。
　短く揃えてはいるが、それでも小さな痛みが走る。
（俺の敵しかいない島）
　視界の端で、何かが動いた。小さな鳥が木に止まっているのが見える。大きさからして、まだ小鳥だろうか。もしかしたら、気配の正体は小鳥だったのかもしれない。
　舌打ちをして、足元に落ちていた石を拾いあげる。
　軽く握って腕を振りかぶると、押さえきれない苛立ちと共にその鳥に向かって思い切り投げつけた。
　野球のトレーニングを続けているため、狙い通りに石は真っ直ぐ鳥に向かっていくが、その行く末を見ずに天懸は歩き出す。
　鳥はぶつかる前に石に気付いて逃げたのかもしれないし、ぶつかってしまったのかもしれない。天懸にとってはそんな結果など、どうでもいいことだった。
　この衝動をどうにか出来ればそれでいい。しかし、苛立ちはまだ、胸の中でふつふつと滾っている。
　乱暴にポケットへ手を突っ込むと険しい表情を浮かべて手近にあった電柱を思い切り蹴り飛ばし、不貞寝をしようと親戚の家へ向けて足早に歩き始めた。

　瞳に映る世界は灰色。敵ばかりのつまらない世界。
　この場にある全てのものが、天懸の苛立ちを刺激する。
　脳裏にちらつく姿は消えない。それが煩わしさに拍車をかける。
　眉間に寄せた皺は深くなるばかり。自分では処理出来ない苛々を抱えながら、天懸はもう一度舌打ちをした。
　静かな商店街に、舌打ちの音が小さく響いた。この不愉快さは、まだ消えそうにない。