寝子召地蔵と流れ星の雨｜リアクション

寝子召地蔵と流れ星の雨

　夢宮瑠奈には、ふしぎな記憶がある。幼くして母を亡くし、塞ぎこんでいたある時、歳上の……そう、どこか母に似た雰囲気のお姉さん……に、『ママ』と呼びかけてしまった記憶が。おそらく母と間違えるには若すぎたそのお姉さんは嫌な顔ひとつせず、幼い瑠奈と遊んでくれて、最後に、あるおまじないを教えてくれた。

＿＿泣きたいときは、鏡の前でにっこり笑うの

＿＿あなたが笑ったら、ほら。ママも笑顔になれるから

　いつのことだったかもよく覚えていない、むしろ、本当にそんなことがあっただろうかと疑わしくなるくらいのおぼろげな記憶。その中でああ言ってくれたのは、誰だったのだろう。そんなことを思い出しながら瑠奈が触れた寝子召地蔵の涙は、どこか覚えのあるような手触りだった。

「（ああ、あたしだ……）」

　夜の河原で出会ったのは、もちろん幼い頃の瑠奈。だが、今の瑠奈を知る人々が見ればとてもその……ひどく沈んでいて、笑うことは勿論、歌うことすらしそうにない、喜怒哀楽の感情から哀だけが残ったような少女を……瑠奈と認めることは出来ないだろう。
　母が生きていた頃なら、きっとわくわくした瞳で夜空の星を見上げ、星の歌を歌い、負けないようにきらきらのおもちゃのアクセサリーを身に着けて踊りだしていただろうかつての瑠奈を思い、瑠奈はそっと、うつろに目を伏せた幼い瑠奈の隣に座る。

「ねえ、一緒に遊ぼうよ」
「……いい」

　顔を上げようともしない、ぽそりと投げやりな返事は、幼い子供のそれとはとても思えない。せめて瑠奈のことを見てくれたら、もしかしたらだけど未来の自分と分かってくれるかもしれない、淡い期待を捨てられずに瑠奈は幼い瑠奈の正面に回ってとびっきりの笑顔でもう一度声をかけた。

「そんなこと言わないで、きらきらのお星様が寂しがってるよ？　ほらっ、見てみて」
「お星様……」

　空からそそぐ星の光は、頼りないように見えてやさしく広く、夜の河原を照らす。何を思ってかまでは分からなかったが、幼い瑠奈が瑠奈の言葉にそっと顔を上げた。

「……ママ？」

　幼い瑠奈が目を見開き、信じられないといった様子で何度か口を開けては閉じ、やっと出てきた言葉。小さな子供にはおとなの年齢というのはよくわからないだろう、当然だが母と血が繋がっていて、どこか似た雰囲気があったであろう瑠奈を見て、そう思ってしまうのもおかしなことではない。

「ママ、ママ……」
「……ごめんね、寂しいよね」

　幼い瑠奈の頭をそっと撫で、瑠奈は出来るだけやさしく笑う。

「ママ、どこにいってたの？　ママはとおくにいっちゃったの？」
「ママはね、今、寝子島ってところで歌っているのよ」
「ねこしま……？　るなも、るなもつれてってよ」

　母が死んでしまったことをまだよく理解できていない幼い瑠奈に、たとえば天国のことを説明するのは気が引けた。だが、嘘もつけなかった。それなら……と、瑠奈は自分のことを話してやる。寝子島で大好きな歌を歌い、笑って、元気に過ごしていることを。

「ごめんね、今はまだダメなんだ。……大人になったら、きっとあなたも行けるよ」
「おとな、どうやったらすぐなれる？」

　涙をこらえて、やっと会えたママの顔を少しでもよく見ようと唇を噛む幼い瑠奈に、ごまかしの言葉は通じない気がした。

「泣いちゃダメだよ……泣きたくなったら、鏡の前でにっこり笑うの」
「そしたら、どうなるの？」
「あなたが笑ったら、ママも笑顔になれるから。……ほら、ね」
「うん……」

　ぎゅっと閉じた幼い瑠奈のまぶたをそっとハンカチでおさえてやり、瑠奈は微笑む。どんな形であれ、出会った人には笑っていてほしい。そのために出来るのは、まず自分が笑顔になること。瑠奈の思いは、幼い瑠奈に伝わっただろうか。

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