寝子召地蔵と流れ星の雨｜リアクション

寝子召地蔵と流れ星の雨

　そこは、月のない夜だった。壬生由貴奈がさっきまで居たのは、昼間の、寝子召地蔵の前だったはず。たまには両親の墓参りでもと思い立って出かけた帰り、ついでにと足を伸ばして寝子召地蔵に手を合わせたところまで、由貴奈ははっきり覚えている。

「変なとこに飛ばされちゃったねぇ……」

　由貴奈の眼前に流れる、浅く広い川。さぱ、さぱ、と静かな水音を立てるそこを眺め、次に月のない星空、最後に河原へと視線を移してゆき、由貴奈は何かを諦観したように目を眇めた。

「（うち、死んじゃったりした？　……ってことでもない、か）」

　視線の先に、忘れようもないかつての自分の姿があれば、そうも思えるだろう。こと、この島でのことでは尚更だ。由貴奈が見る限りでは、あれは中学の……一年生の指定制服。突然の暗転で夜目がまだきかなくはあったが、由貴奈にははっきりと見えた。かつての由貴奈が持っている、空の三日月が落ちてきたようなというには禍々しい血まみれの刃物が。

「ねぇ、何で泣いてるの？」

　目の前の自分が泣いていると、声を聞いたわけでもないのに由貴奈には確信があった。歯を食いしばり、嗚咽をあげまい、誰にも悟られまいと血が出るまで唇を噛み締めたその姿は、哀しいほどに今の自分と同じだったから。

「ごめん、聞くまでもなかったね」

　幼い由貴奈は答えなかったし、応えなかった。流れるままの涙が幼い由貴奈の両頬を伝い、顎から大きな雫となってぽた、ぽたと落ちる。涙を拭おうにも、幼い由貴奈の両手は、袖は、誰のものとも知れない血にまみれているのだから。それは洗っても洗っても決して落ちることのない、後悔という名の呪いのようなもの。

「……全部……私のせい、だ……」
「………………そうだね、ごもっともだ」

　どうすることも出来ないと知ったとき、人は何かを責める。誰かのせいにしたくなる。幼い由貴奈の頭と心では、それを向けることが出来たのは由貴奈自身。それ自体は、今の由貴奈にはどうでもよかった。ただ、悔やむ気持ちと、前に進みようのない……自己満足にも似た自責の念、それらが自分に同居しているのが、何故かよく思えなかった。

「いつからそこで泣いてるか知らないし、まぁ勝手にいつまでも泣いてればいい。でも」

　それで大切な人が返ってくるわけではないのだ。涙はいっとき、哀しみを押し出してくれるかもしれない。だが、それだけだ。後悔と自責の念に囚われて、由貴奈の心はどこかで、あの日のまま止まってしまっている。

「悔しいんだろ？　なら、二度と同じことを起こさせないようにするべきじゃん？」
「二度目……二度目なんて無い……」

　由貴奈は、失ったものを二度失うという意味でそう言ったのではない。他にも大切な人がいるのなら、『そう』ならないように尽くせる手があるかもしれない……だが、それは幼い由貴奈の胸に空いた大きな穴には、まだ届かない。

「……まぁ、あと何年かすればきみも分かるよ」

　だからそれまで、どうか絶望せずに生きて欲しい。由貴奈が言葉にしなかった願いの陰に、大切な人たちの笑顔がちらついた。

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