【体育祭】白黒つける、玉入れニャン！｜リアクション

【体育祭】白黒つける、玉入れニャン！

　グラウンドの喧騒から少し離れたところに救護用のテントが設置されていた。風通しは良く、木々の葉擦れの音が耳に心地よい。
　折り畳み式の長い机の上には各種の救急箱が揃えられ、保健委員が擦り傷を負った者達の治療に当たった。具合を悪くした者が横になるスペースも確保されていた。
「これで血は止まります…」
　男子の肘に絆創膏を貼り終えた御巫時子がにっこりと微笑んだ。どうも、と相手は少し照れた表情で返した。後ろで囃し立てる集団に、うるせぇー、と怒鳴りながら戻っていった。
「今日は人が多くて大変です…」
　時子は三つ編みを背中の方に押しやり、椅子の背もたれに上体を預けた。遠くの方を見て緩やかに溜息を吐いた。
「…休んではいられないようですね」
　遠くに聞こえていた泣き声が近くなる。人の流れに逆らって現れたのは母親に手を引かれた女の子であった。
　母親が遠慮がちに時子の前に立った。
「あのぉ、ここで傷を見て貰えるのでしょうか」
「はい、傷の程度にもよりますが…」
「この子なんですが、転んだ時に掌を擦り剥いてしまって」
　母親は逃げようとする女の子の手を掴んで引っ張り出す。掌を仰向けにすると、手首に近い膨らみに擦り傷が出来ていた。傷口に黒い土のような物が見て取れる。
　時子は救急箱から脱脂綿と消毒液を取り出した。傷口に近づけると女の子が顔を振って激しく抵抗した。痛くしないで、と叫びながら訴えた。いい加減にしなさい、と母親は声を荒げて余計に泣き声が大きくなった。
「…少し待って貰えますか」
「あ、はい」
　母親を待たせている間に時子は自身の荷物の中から必要な物を選別した。
「…お待たせしました」
「痛くしないで！」
「…痛くしないよ。ほら、これはなんでしょう」
　時子は持ってきたペットボトルを見せた。女の子は泣き止んだ。母親が握っていた手を放すと目を擦った。
「うちにもあるよ。お水でしょ」
「そう、ただのお水だね。さっきの消毒液とは違って、全然痛くないよ」
「痛くないなら、いいよ」
　女の子は進んで手を出した。時子はキャップを開けて掌の傷に水を降り掛ける。傷口の黒い物体は瞬く間に洗い流された。
「ね、痛くなかったでしょ…」
「うん、痛くなかった！」
　元気な声が返ってきた。続いて時子が持ち出したのはラップであった。鋏で適当な大きさに切り抜いていく。
　見ていた母親が不安そうな顔で聞いた。
「絆創膏ではなくて、ラップを貼るのですか？」
「…はい、そうです。傷口を乾かさないことで…治りが早くなります。傷跡も残り難くて…これを湿潤治療と言います…」
「そうなんですか」
　母親は感心したような声を漏らす。時子は女の子の傷口にラップを当てて両端を紙テープで止めた。
「これで大丈夫です…」
「お姉ちゃん、ありがとう！」
　母親に連れられて女の子は笑顔で帰っていった。
「…咄嗟の知識が、役に立ちました…」
　水で濡れた手を拭こうと、ジャージのポケットに手を入れた。ハンカチと一緒に鉢巻きが握られていた。そこにはメッセージが書かれている。
「…次は玉入れですね。これを巻けば…運動が苦手な私でも…」
　時子は額に鉢巻きを巻いた。静かに立ち上がるとグラウンドの方に歩いていった。