両陣営、各騎馬それぞれの作戦を実行していく。
　まずは白猫組。
　戦況を見極めるために静観を決め込んだのは【灯チーム】、【ツバサ】、【白組変隊】の３組。
　逆に突出して囮や陽動、または突撃を仕掛けるのが【エリカ】と【インフェルノガッツ】、そして【二十馬】の３組。
　あとのチームは遊撃ということで両者の中間地点で留まっている。
　白猫組の特徴は、伊勢によるチーム全体の役割分担である。
　まるで将棋の駒のように、各チームのやりたい事をうまく取り入れた上で、効率のいい動きを全体に伝達してあるのだ。
　伊勢たちが飛車角になって暴れ、中間地点の桂馬や香車や銀で相手を牽制、後詰めの金・王将でこぼれ球を拾っていく。
　今のところ、自由度が高い割に上手く連携が取れている。
　このままことが上手く運べば、伊勢の采配通りになるであろう。

「戦もまた礼儀に始まり礼儀に終わるものじゃ」
　そういう【灯チーム】の夏神 零は一度お辞儀をした。
「慌てる事はござらん、見極めて動けばよい」
「……そうだね、伊勢の描いたシナリオ通りになればいいけど」
　先頭の灯 斗南が何気なく呟いた。
「わぁ、騎手になると、こんなにも目線が高くなるんですね……。ワクワクしてきましたっ！」
　久良木 優菜は初めての騎乗に浮かれている。
「そうですね、今一度、イメージトレーニングをしてみませんか？　意見をすりあわせておくのは重要ですよね」
　すると桃川 圭花が作戦の概要を口にした。
「うちらとは別のチームが陽動をかけてくれるようだから、うちらは側面や後方を突くのよね」
　後ろの騎馬で久良木を支えながら冷静に反芻する。
「となると、高所から戦況を見てる騎手に従って馬は動くわけだけれど、馬4人編成で前後に男のコの灯くんとパワフルな桃川ちゃん、ということは左右はわりと余裕をもって当たれるわね」
　神薙 焔が改めてこの作戦の利点に気がついた。
（ということは、ちょっと悪さができるわね……）
　神薙もまた不穏な思惑を抱えているようだ。
「前を見づらい馬の皆さん分の指示を出して動きやすくするのも、騎手の大切な役目なんですね」
「そうよ、久良木さん。前にばっか進むんじゃなくて、引くことも肝心だから、その辺は適宜伝えてほしいわ」
　桃川の言葉に久良木は納得の顔で頷いた。
「では、簡潔に右左前後で伝えますね。簡潔な方がいいですから！」
「でも……」
　桃川、ここで何か思う所があるようで言い淀む。
「そうは言っても騎馬戦じゃ後退するのは前に押し込むよりはるかに難しいわけで……、不意打ちの初撃をミスれば組み合うしかないわよね？」
「そうならないように、伊勢先輩や他のチームが引っ掻き回しているところを背後から狙うんだよな？」
　灯の言葉に、まだ不服そうな桃川。
「最悪の事態は想定しておきましょ？　もし組み付かれた場合、騎馬は合図で一斉にかがんで高さを下げるの。で、勝手に相手が体勢を崩してくれることに期待……と、こういうわけ。うまくすれば騎手の落馬まで狙えるはずよ」
「スモー・レスリングで言うトコロの立合いの変化ね」
　日独クォーターの神薙の例えは意外と渋かった。
「で、その合図なんだけど、相手に簡単にそれと分かるものじゃ警戒されるし味方にもタイミングを計りやすくなくちゃいけない、ってことで。口笛ってのはどう？」
「口笛でござるか……」
　夏神の反応はよくない。
「喧騒でかき消される心配はござらぬか？」
「ああ、無理にとは言わないわ」
　桃川は肩を竦めてしまう。
「やっぱりダメよね……、あら？」
　不意に、屋上から流れるロックなメロディ。
　その演者の顔が、桃川にはすぐに思い浮かんだ。
「……ねぇ、流れてくる曲のリズムに合わせるのはどう？」
　幸い、流れてくるのは有名な曲のようだ。
「私は賛成です。でも、一体どなたが演奏しているのでしょうか？」
　カントリー調にアレンジされた往年のナンバーは、確かにリズムを刻むのにもってこいであった。
　……まるで、桃川の考えを見抜いていたかのように。
「きまり、だね」
　リーダーの灯の鶴の一声で、作戦の補強は完了した。
　彼らが動くのは、もうしばらく後になる。

　こちらも静の方針の【ツバサ】。
　相手の出方をじっくりと見定めるようだ。
　と、メンバーの日暮 ねむるが何かに気が付いた。
「おや、あの騎馬……。八神君と巴さんが組んでるのか。黒猫組のjokerになりかねないし一応警戒しとこう」
「日暮、あっちの御剣と志波弟、それにデカイ奴も警戒すべきだ」
　橘 勇も強敵をマークする。
　騎手の鴇波 羽衣は、少しでも視界を高くするため、左右の馬役の日暮と橘の肩に乗っかっていた。
「あたしは高さやパワーでは他のチームに劣るかもだけど、持ち前のバランス感覚を武器にするよ。だから足場が悪くても平気！」

　どうやらこのまま乱戦に臨むようだ。
「危なくなったら２人に捕まるから、よろしくね！」
　男子２人は力強く頷いてみせた。
　肝心の馬の先頭、塔尾 松生はゲーマー的観点で戦場を俯瞰する。
「遊撃部隊として動くなら場の流れをみないと、ね？　ふふふ、シミュレーションゲーム好きの血が騒ぐわ！」
　彼女の目には、各騎馬がゲームユニットして脳内変換されているのだ。
　後詰めの恵御納 夏朝は、鴇波が男子２人の肩に乗っかっている手前、ふくらはぎを後ろから支えていた。
「まだ……まだ動くのは、早い……」
　恵御納もひたすら、動く時期を窺っていた。

　動かないと一言で言っても、目的が違うチームもいた。
　鬼崎 あやめが騎手を務める【白猫変隊】は、一応は囮と遊撃を担うと言っているが……。
「真の狙いは、先生ズ……フジコ先生撃破です！」
　つまり、本命が出てくるまで、積極的な行動を控えようというのだ。
「俺だって、まゆ先生が出てくるまでは温存しておくぜ。とはいえ、突撃するときは言ってくれ。前馬として体当たりくらいやってやる！」
　冴木 竜司も先生ズの騎手であるまゆ先生にアタック（意味深）するまで、不用意に動くつもりはないらしい。
　ちなみに静観を提案したのは添木 牡丹だ。
「先生ズに挑むんだったら相手が消耗してから行った方がいいんじゃない？　もしくは誘導して先生を狙う集団にぶつけるとか？　騎馬戦なんて駆け引きで勝てるものよ」
　去年に経験しているからか、寝子高式騎馬戦の何たるかを知り尽くしているようだ。
「素直に攻める時と敢えて引くべき時、その見極めが大事よ」
　添木はいつの間にか指揮官ポジションに居座っていた。
（私は後ろ馬であやめちゃんを支える役……。背後の対応出来る様にそして万が一落馬しそうになったらすぐに助け出せるように、何よりあやめちゃんの背後に男子勢を配置させない為に！　あやめちゃんの背後は私が守る！）
　姉としての責務が、チームの勝利より上回る添木であった。
　一方、斉藤 次久は動悸が止まらなかった。
（……俺は……他の馬の人より……体力がない、……精神力も弱い。きっと、何も出来ないだろう……）
　だから不安で押し潰されそうになる。
（やっぱり自分には……向いてなかったんじゃ……）
　どんどんと気分が落ち込んでネガる次久。
　だが、そんな彼の耳に聴き慣れた声が届く。
「次久お兄ちゃん頑張れー！　フレーフレー！　白・猫・組！　頑張れ頑張れ！　白・猫・組！」
　義妹の斉藤 三奈が、チアリーディングの衣装で懸命に義兄を応援してくれていた。
　これには次久、感動のあまり、三奈の顔を見詰めてしまう。
（三奈が応援に駆け付けてくれた……。素直に嬉しい……。引き籠りがちな俺にとって……、家族が居るだけで……すごく安心する）
　彼の体に勇気がみなぎる。
（三奈のためにも……頑張らないと……。でも……、なんで三奈はあんなに震えてるんだろう……？）
　目を合わせた三奈が引きつった笑顔で手を振っていた。
　そんな三奈は……。
（うぅぅ、やっぱり次久お兄ちゃんの顔は凄い迫力だよ……！）
　衆人環視で弱体化しているとはいえ、もともと凶悪な顔付きの次久を直視してしまった三奈は、悟られないように恐怖心をひた隠しにしていた。
　何故なら、恐怖を感じていても大好きなお兄ちゃんだからだ。
「白猫組に勝ってもらうためにも、私もちょっと頑張っちゃうよ！」
　ポーチの中には真っ赤なイチゴキャンディを忍ばせている。
「さってと！　どんどん応援するよ！　GO GO！　白猫、ヴィクトリー！」
　三奈は応援にますます力が入っていった。
「……なんじゃ、出陣すると思ったら待機か。って、な、何でもありませぇん！」
　右馬の九十九髪 夜光は、左馬の斉藤と目と目が合ってしまい、恐怖でそれ以降は口をつぐんでしまった。
　ただひたすら、太陽光に照らされた彼の頭が輝くだけだった。