９月の★ハッピーバースデイ｜リアクション

９月の★ハッピーバースデイ

●９月28日　大天使天吏の誕生日●

【シーサイドタウン：大天使天吏のマンション】

　誕生日と言っても、大天使天吏の１日はいつもと変わらない。

　いつもと同じ時刻に目覚め、いつもと同じようにシャワーを浴びて着替えると、生活感の無いキッチンで、朝食とも言えないような朝食を摂る。
　そもそも、自分の誕生日をきちんと覚えているのかどうかも怪しい。
　朝食は、あれば果物を皮ごとかじってそれで済ますし、それすら無ければ今日のように、ゼリー１個で終えるような日もある。食べるという行為にそもそも、関心がないようだ。
　そしていつもと同じように、見えている片目を眼帯で覆い隠す。
　透き通った灰色の目に、その時だけ僅かに感情が瞬くが、この行為も今では半ば、儀式のような慣習に成り下がってしまった。天吏は眼帯を付けている理由を、誰にも語らない。

　登校した学校では、いつものように１人教室で、ぼんやりと外を眺めて過ごす。
　クラスでも、彼女の誕生日を知る者は少ない。天吏は１年遅れてこの高校に入学しているため、実は大半のクラスメイトよりも歳が上なのだが、彼女が１８歳になったと気付く者もまた、ほとんどいなかった。
　授業中窓の外を見ている天吏に、教師が質問を投げ掛ければ、彼女は首を傾げてこう答える。
「……全ての脊椎動物の中で、最も高出力のパワーを出せる動物はハチドリです。ハチドリの仲間が行っているホバリングとは、空中に静止した状態、すなわち前進速度がゼロの時に必要な揚力を生み出さなければならない超高負荷運動です。ハチドリは１秒間に最大８０回ものスピードで羽ばたくことによって、十分な空気との相対速度を得ているのです。なぜハチドリだけがそれほど高負荷の運動を成し遂げられるのでしょうか。それはハチドリの身体が小さいこと、その小さな身体を有酸素運動に特化させていることなどが、理由として挙げられます。既に説明した通り、動物の代謝速度は体重の約３／４乗に比例して増えていきますが、これは逆に言えば……」
「分かった分かった、もういい。たぶんお前さんの言う事は正しいんだろう」
　教師はそこでコメカミを押さえて、
「だがな、今は世界史の授業だ」
（こんな所に居ても仕方ないのに）
　理系科目、とりわけ、専攻を希望する生物学については、すでに授業を受ける必要が無いほど、独学で理解を深めている。それでも彼女の父親が、高校と大学は出てほしいと送り出した手前、
（私はこの島で生活していないといけない……）
　反復され、繰り返されるそんな毎日。

　◇

　いつもと同じ時刻にマンションに帰宅し、エレベーターの自分の階のボタンを押す。
　その日、いつもと少しだけ違ったのは、エレベーターが降りてくるのを待つ間、玄関のポストがふと、彼女の視界に入ったことだ。
　天吏宛てに何かが配達されて来るようなことは、滅多にない。チラシもお断りのこのマンションでは、彼女の部屋のポストはいつも空で、しばらく前に、丸めたクシャクシャの紙が押し込んであったぐらいの記憶しかなかった。
　それでも、気まぐれで天吏が郵便受けを開けてみると──
　そこに、１枚の葉書が届いていた。
（……？）
　見知らぬ外国のスタンプが押された、エアメール。
　天吏がその葉書を裏返すと、おそらく素人が撮ったのだろう、花と鳥のツーショットの写真が。

　それはラッパ型の亜熱帯の花と、瑠璃色の宝石のようにきらめく、ハチドリの写真──

　誕生日おめでとう。
　そう日本語で綴られた字を見て、天吏には１人思い当たる人物があった。
　ポン、と天吏の背後で、エレベーター到着の合図が鳴る。
　けれども天吏は振り向かず、葉書を握りしめたまま玄関を出る。
　買い忘れた日常品でも思い出したのだろうか、商店街へと向かう彼女の表情は、けれどいつもと違って、どことなく嬉しそうに見えた。

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