辻投げじゃ！　辻投げ！｜リアクション

辻投げじゃ！　辻投げ！

　宿命（？）の戦いが幕を開けました。
　姫乃と覆面ルチャドールの。そして、これを見守る真央という構造。
　姫乃は小技で牽制しながら、敵の様子を探ります。渾身で打ち込んだりはしない。でも、相手が迫ってきたら威嚇する、そんな調子で。
　改めて観察してもこのルチャドール、やはり強敵の様子です。
　――ただ者じゃない予感、間合いを詰められたらヤバイかも。
　とすれば必要なのは、縦ではなく横の動き！
　疾風のように姫乃は水平に駆けました。ルチャドールは姫乃に比べると大柄なので、どうしても首を巡らせる格好となります。
「見えた！」
　見えました。
　無防備なボディが。
　そこを狙います！　ですが、
「甘い！」
　カッと白い閃光が走って竹刀の先が宙を泳ぎます。ルチャドールに跳ね上げられたのです。
　――戦い慣れしている！
　おそらくは私以上に――そんな悔しい気持ちを感じながらも、姫乃はすかさずバックステップして距離を取りました。黒髪がふぁさっと舞います。
「そうのんびりはしていられないのよね」
　呼吸を整えつつ、時間稼ぎの意味もこめて姫乃は言いました。なぜって、今飛び込んでこられたら回避する自信がないので。
「胸元を頑張って支えてるボタンがもう限界、じゃなくて、今日は両親の結婚記念日、だから遊びは終わり……」
　ところがこのとき、意外にも、
　ぴく、
　と音が聞こえるくらいに明白に、覆面闘士の動きが止まりました。
　ならば、
　すかさず打ち込むだけ！
　焚き火に投げ込んだ生木の爆ぜるような音、それを何十杯にもしたような、痛烈な音が響き渡りました。
　上段から一撃。
　面。
　打たれたルチャドールは思わず膝を付きます。
「一本！　なのだ！」
　思わず真央が声を上げていました。
　これで姫乃の緊張感は一気に解けたのですが、それゆえ気づいたことがありました。
「ん？　そのそのネイビーのスーツと黒ネクタイ見覚えが……」
　――あ、仕事に出掛けたパパと同じ格好？
　なんという偶然でしょう。一見して姫乃が彼の着こなしに好感を持つことができたのも、そのせいかもしれません。
　息をつくと同時に、姫乃の胸元でぴりりと音がしました。ボタンが弾け飛びそうなのでした。さっと姫乃は上着を拾って袖を通し、難を逃れます。
「おめでとう！　勝者インタビューなのだー！　え－、姫乃ちゃん、ご感想は？」
「そうね。強敵だったけど精一杯ぶつかることができて良かっ……って」
　姫乃も新聞部なのでつい、ノリで取材対象らしく答えてしまいそうになりますが、すぐ我に返って覆面スーツマンに言いました。
「どうする気！？」
　ルチャドールが立ち上がり、自分の覆面に手をかけたのです。
「見事だ。勝者に受け継がれてゆくこの覆面を授けよう」
「いらない」
　即答。
　がくっ、ルチャドールが膝カックンされたみたいになって落胆するのが見えました。
　姫乃が断ったのには理由があります。
　ああいう覆面に興味がないのは事実でしたが、それよりも、
　――あのとき、なぜか動揺を誘えたから勝てただけ。実力で『勝者』になったんじゃない。
　そんな姫乃の、剣士としての意地があったからです。
　すると覆面戦士は悲しげに首を振って突如、脱兎の如く逃げ出したのです。
「待って！」
「あー！　取材、取材なのだ待ってなのだー！」
　姫乃と真央が声を上げたときにはもう、スーツの姿は茂みに飛び込み消え失せていました。
　それを追った真央は、ぎょっとしてまた声を上げます。
　茂みの中に発見したのです。
「おーっと！？　何者なのだー！」
　レスラー風の男が、縛られ猿ぐつわをかまされて転がっていました。うーんうーんとうめいています。
　レスラー風と表現したのは、男がいわゆるリングコスチュームらしきタイツだったからです。実際、レスラーらしきパンプアップされたボディをしていますし。
「どういうことなのだ？」
　……もしかしてこっちが、本当の『辻投げ』なのかもしれません。