月のお散歩｜リアクション

月のお散歩

「自分が月面にいる」
　そう気づいた桜庭円の脳裏には、今まで蓄えてきた月に関する知識が、めくるめくめくるめく渦巻いていた。
　あやしげな褪せた印刷。ぼやけた写真に、いかがわしいフォントが踊る。

　「我々、月探索隊が見たものは
　　月に聳え立つ巨大なピラミッドであった。

　　酸素が尽きようとしている。
　　我々捜索班は、期間を余儀なくされた。
　　　　　『知られざる秘境月』（寝子島文庫）」

　胡散臭いその小冊子。そこには、驚天動地の月の秘密があった。
　月には古代文明がある！
　その真実は秘匿されている！
　だが寝子島文庫の取材班は、宇宙人との密約の決定的な証拠を入手した！“

『寝子島書房』
『メー』
『ニャンダーライフ』

　彼女は読みに読んだ。なんだか古本屋にいくと、一冊１００円（税抜）で、束になっておいてあるのだ。
　地頭の良い彼女、偏りまくった知識は今や大伽藍を築き、細かな座標まで即座にアウトプットできるまでになっていた。
　まさかこうして、自分が月面に降り立つ日が来るとは！
　寝子島書房のミステリー調査班の人たちも、同じような高揚に胸を躍らせていたに違いない！
　円の魂が燃える。
　
　秘密を突き止めたい！
　神秘をわがものにしたい！

「月に古代文明は存在するのか！」びしっと天を指さす円。「行け、決死の探索行！」

　だってこういう話、大好きだし！　大好きだし！

　しかし……と円は思う。
　月の秘境。一人で行くにはあまりに心細い。
　だれか……同志が必要だ。同じ魂を持った仲間が……。

　すると砂嵐の彼方から、人影が現れた。すわ、月星人？
　いや、違う。人間だ。

「キミは？」
「姫音。勇者だよ」平然と、少女――歌星姫音は答える。
「ふうん、そっか。ボクは月のピラミッドを探してるんだ」
「姫音は月を救いに来ちゃったよ」えっへん、と胸を張る姫音。「勇者の姫音がここ召喚されたってことは、魔王なり配下なりが暴れてるってことだよね。
　勇者だから、宇宙征服しなきゃね。
　宇宙征服の第一歩として、今日は月、そして明日は地球」
「うん。月の古代文明の正体を探んなきゃだよね」

　月面とはいえ、宇宙とはいえ、あまりにあんまりな会話を交わす二人。

　しかしなんだか、話は通じた。ソウルメイトってやつかもしれない。
　力を合わせることになった。
　同行二人。心を同じくする少女。

　無彩色の乾いた地。
　漆黒の天に浮かぶ光の砂。
　そして空には、青く大きな天体。
　
　全き死の風景。人の心を隔絶した夢幻の世界。
　勇者の版図と、いうにふさわしい。
　太陽フレアに照らされて、長く二人は影を伸ばす。

　遂にであった最強のパートナー。
　しかし、心中に兆すは不安。

　味方が頼もしければ、敵も強大になるは必定。
　新たな仲間が欲しい……。
　魂を分かちあえるようなパートナーが……。

「はーい、私は稲井いおねなのですよ！
　趣味は骨！　特技は骨を見ること！
　生粋のボーンフリーク！　いろんな月生物の骨が見たいのですよー！」
「採用！」

かくして出会った最強の三人。
死して屍拾う者無し。
月が、真っ赤に燃える！
「くれいじー！」三人が唱和した。