月のお散歩｜リアクション

月のお散歩

「……ただケネディが『人類は月まで到達する』と言ったとき、だれも信じていなかったのは事実だな」
「うーん、人間ってすごいのだ」
　修は慎重に言葉を選びながら話す。
　国威発揚の手段としてのアポロ計画。
　終焉が、別の国威発揚の手段……つまり戦争の激化のためであるとか、そういう話は真央にはふさわしくない。
　ロマンの光暈に包まれた、輝かしいアポロの航跡を、真央は胸にとどめておくべきなのだ。

　そんな修の思いを、もちろん聡い真央は気づいている。
　真央もそんな修の気遣いをうれしく思う。
　修の夢を応援したい。

「あ……あれ」
　真央が指さす先には、うずくまった蜘蛛のような車両があった。
　巨大な車輪に、天に開いたパラボラアンテナ。
　アポロ計画で使用された著名な月面車、ルナ・ヴィークルだ。
「絵でみたとおりなのだ！」勇んで真央が飛び移る。「とっても興味があったのだ！」すりすりと、ヘルメット越しに頬ずりをする。「ここで会えてうれしかったのだ～！」
　後部フェンダーに傷を認めた修は「アポロ１６号のものだな」と見当をつける。「ということは、ここはデカルト高原か。
　雑な計算だったが、意外と当たるものだな」

　タスクチームによって設計されたルナ・ヴィークルは、アポロ計画の要であり、人類の月探査に大きな貢献をもたらした。「信頼できて安全で柔軟な月面探査車」と乗組員の賞賛するとおり、流麗な車体は真央に感銘を与えた。
「真央、ちょっとドライブしよう」無造作にルナ・ヴィークルに乗り込む修。
「乗っちゃうのだ？」そう言いつつ、となりに座る真央。
　燃料の残量を一応確認する修。太陽電池は心もとないが、なに、いざとなったら乗り捨てればいい。
　イグニッション・キーを点火すると、純白の蜘蛛は大きく身震いし、全身を駆動させる。
「ムーン・ハイウェイのドライブとしゃれ込むか」
「ごーごー！　なのだ！」
　白い砂塵を巻き上げ、月面車は走り出す。後に残るのは、消えない轍。

　月面で翩翻とひるがえる星条旗。
　静かの海に立てられたアメリカ国旗は、そこに健在だった。
　そこに記された「人類の平和を祈念する」の言葉も、風化することはない。
　月面車から飛びおりた修は、その隣に新聞部の旗を立てる。
「こんなこともあろうかと、用意しておいた」
「寝子高の旗も、褌も一緒に立てちゃえなのだ」
　アメリカ国旗に、寝子高新聞部、寝子高校旗、そしてふんどし。
　無音の空間にたなびくそれらは、人類の進歩の証だ。
「遠い未来に、オーパーツ扱いになったりしてな」修は笑う。古代文明の遺産だと、誰かが勘違いするかもしれない。「その前に、検索エンジンが発見するかな」
　全宇宙を検索すると豪語する、アメリカ企業。
　たとえその日が来ても、人間のロマンも検索できるのだろうか。

　二人は笑いあい、そして月面車に乗り込む。
　おそらく他に、月に来ている人がいるだろう。
　一陣の風と共に、二人の姿は彼方に消えてゆく。