月のお散歩｜リアクション

月のお散歩

「え、なにこれ、白い服……宇宙服？」
　夢宮瑠奈は、自分の宇宙服を見た。
　各人に配布される宇宙服は、それぞれ違っている。
　昔のオーラン宇宙服のようなものや、最新テクノロジーの使用された戦隊ヒーローのごときスーツ、硬式大気圧型というマグマ突入すら可能なものまである。

　瑠奈の宇宙服は、一言でいうと「兎型の二足歩行ロボット」のような外見だった。
　ひと昔前に、白いロボットが開発され、話題となった。
　それとほぼ同時期に、犬を模したペットロボットも生み出された。
　未来的で、どこか愛嬌のあるデザイン。
　瑠奈の宇宙服はそれに近かった。

　ただ彼女の宇宙服は、大きな特徴があった。
　ヘルメットから生えた、大きな二つの『耳』。
　それは外気を逐次的にとらえるソナーの役割や、姿勢制御スラスターの役割、さらには移動時の補助ブースターの代わりにもなるのだ。
　ピコピコと動く耳を見て、瑠奈は笑う。
「今日のあたしは、月の兎だよ！」

　足場を蹴って、飛び上がってみる。
　地球とはずいぶん違った感覚だが、宇宙服が支えて安定させてくれるため、危険はない。
　ステップ、ステップ。
　岩場から岩場に、ホワイトシルバーの兎が飛び移っていく。

「ん、よ、っとっ……」バランスを崩しかけて、ふらつく瑠奈。両耳がオーロラの様な光を発し、彼女をサポートする。「フワフワするね」
　すっかり安心したのか、瑠奈はもっと大胆に大ジャンプ、宙返りを繰り返す。
　鮮やかなムーンサルトが、星の光に照らされて、綺麗な影を描く。

　そんな瑠奈を見て、仲間だと思ったのか。

　地平線の彼方から、なにやら白い生き物がわらわらとやってくる。
「……？」
　何だろう？　そちらに足を速める。

「兎さんだ……」

　出会ったのは、月の兎の群生。
　そして兎たちに囲まれているのは……。
「かぐや姫？」
　宇宙服の少女は、瑠奈を見て、にっこりと笑いかけた。
　

　瑠奈と出会った長身の少女は、名を月守輝夜といった。
　そのおっとりした風情、柔らかな物腰から『寝子島のかぐや姫』と呼ばれることもある。

　何かに導かれるように、彼女は月面をふわりふわりと漂っていた。
「これは、夢？」星の光が映じて、彼女の体を青白く燃え上がらせるように見せた「それともまた、不思議なことが起こっているのかな？」

　かさばって動きにくい宇宙服を、あたかも羽衣をまとうかのように移動し、宇宙服や国旗を横目に舞う。
　一際高い丘の上で、群青の球体を目の当たりにして、その美しさに見惚れてしまう。
　強い望郷の念を抱くものの、なぜだろう、月に来てから『自分のいるべきなのは、ここでもあるのではないか』という奇妙な念が心の中にある。

　そうして、いつの間にやら兎が集まり、瑠奈に出会ったのだ。

　ルナ、ローマ神話における月の女神。
　彼女がアイドル活動するときは『末明せれね』と名乗っている。
　セレネ。奇しくも月面探査機の名前だ。
　月とゆかりの深い、二つの名、二つのパーソナリティをもつ彼女。

　その彼女が出会ったのは、輝夜という名の少女。

セレネ、アテネ、ヘカテー。遠く希臘の神話には月の女神が多い。
　やはり月は、女性のものなのである。

「あれ、あそこにも……」
　そうしてまた、朱蘭、冴来、二人の少女が合流しようとしていた。