永田孝文先生の古典講座Ⅱ　～秋月と短歌と若者語訳～｜リアクション

永田孝文先生の古典講座Ⅱ　～秋月と短歌と若者語訳～

【恵御納夏朝の場合】

　恵御納夏朝は悩んでいた。
（どうしよう、若者言葉なんて詳しくないよ……）
　悩めば悩むほどドツボにはまりそうである。
（とりあえず、どう思ったのかを……僕の文で書いてみたら近くなるのかな？）
　しばし悩んだのち、夏朝はちゃんと課題の意味するところの解答にたどり着いた。
　目をつぶってイメージして考える。
（月見れば千々に物こそ悲しけれわが身ひとつの秋にはあらねど）
　単語を噛み締めながら頭の中で読み上げてみる。
（秋の夜、独り月を見上げ、これまでの様々な事を思い……それを悲しく感じる）
　現代語訳と照らし合わせつつ、風景やその中にいるであろう自分を思い浮かべてみる。
　そして、ゆっくりとプリントに自分の解答を書き始める……。
（ん、できた）
　達成感を感じつつちらっと、周りを見る。
（皆ならどう思うんだろう？）
　聞いてみたくはあったが、夏朝から声をかけるという事はない。
　ぼんやりそんなことを考えつつプリントの裏に猫の絵を描く。
　ちょっとデフォルメされた感じの猫さんが、秋の月を見上げる絵だ。
（……お腹空いたにゃーとか思うのかな）
　書き終えると、プリントをひっくり返して自分の若者語訳を見返す。
　そうしているうちにプリントを回収しに永田先生が現れた。
「では、回収するぞ」
「あっ？」
　そのプリントの裏には遠ざかっていく猫さんの絵が……。
（どうしよう、せめて裏の絵を消させ……駄目だ猫さんが！　猫さんが！）
　こうして、猫さんは永田先生によって保護？　される。
　果たして、気づかれるのだろうか……？

【黒依アリーセの場合】

　黒依アリーセは、ふと、窓の外から月が見えないかと外を見てしまった。
　しかし、青い空が広がるだけである。
（……昼にうかぶ月、なんて）
　そこまで考えて慌てて思考をプリントへ戻す。
（秋と月、和歌では定番の素敵なテーマよね）
　少しだけ息を吐き出しつつ、アリーセは三つの短歌を頭の中で反芻する。
『秋風に　たなびく雲の　絶え間より　もれ出づる月の　影のさやけさ』
　黒板に書かれたその歌が目に入る。
　ふと、イメージのようなものがアリーセに降りてくる。
　自分の感覚がこの歌を好ましいと告げて、その感覚にアリーセは沿うように考えをまとめ上げていく。
（この歌は瞬間を捕えているけど、前ふりも有った方が伝わり易いかも？　写真を映像化する感じね……）
　一コマを膨らませつつ、自分の解答をプリントに書き込んでいく。
（月の光……雨の後、雲間からそっと光が差し込む……それともそっと漏れてくるのかしら？　怖かった闇も、月光が切り取って絵画の一部にしてしまう様な……優しさ？）
　たかが32文字、されど32文字、改めて短歌の表現の奥行きに感心しつつ、
　プリントを埋めていった。
（これで、完成したかしら？）
　そう思った瞬間であった。
「ほい、回収―」
「えっ？！」
　そっと音もなく来た永田先生によってプリントは回収されたのである。
　突然のことに慌てるアリーセを永田先生は優しそうに見ていた。

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