【愛の行方……】

「ちょ、ちょ、ちょ」
　場の空気に水を差し、異議を唱えたのは、すっかりほったらかしになっていた山田 透遁でした。納得が行かないらしく、憮然とした表情を浮かべて割り込みます。
「ちょっと待ちなさい、何を勝手に決めているんですか！　今の『リーダー』は、この私！　山田 透遁なんですよ！」
「いかにも、リーダーはおたくさぁブラザー！　言ったれやったれぃ～」
　なんて、骨削 瓢が面白がって煽るものですから、もはや引っ込みも付きません。
「山田、テメェコラァ……うぐぐっ」
　立ち上がりかけ、がくりと膝をついた田中 王苦。ぼこぼこにやられたダメージが、思い出したように彼を苛んでいるのです。
「それで……どうするのかしら？」
「まだやるっていうなら、相手になるぜ！」
　ティナ・フォルトゥス、マウル・赤城・スティックがずずいと迫ると、透遁はびくんっ。彼女たちの強さは、つい先ほど目の当たりにしたばかりです。
　少々、腰が引けましたけれど。
「やっややや、やってやろうじゃありませんか……！　このまま引き下がっては、マタ工と寝子高の両方を傘下に収めるという私の計画に、支障が……」
「よーし良く言った、それでこそあっしのブラザー！　ほいこれ使って」
「あ、ありがとうございますブラザ、えっ？」
　透遁のほっそい腕に、瓢が手渡したのは、不良らしく？　木刀でした、どこから持ってきたのかはさておき。
「いや、私は武闘派ではなく頭脳派で……お、重っ。いや、ちょ、あのこれほんと重……ごほ、げほげほ、ぐぇーっほっ」
「さあさあさあ、今こそ自ら、その手で！　不良の意地というものを思い知らせてやれぃ、ブラザー！」
「ちょまーっ！？」
　芝居がかって言い放つ瓢に、どんっ！　勢い良く押し出された透遁は、つんのめって腕を振り上げ……形だけは、剣を振りかざし獲物に襲い掛かる、暗い洞窟から這い出てきたばかりの、まるでアンデッドのごとし。
　とっとっとっ、とバランスを崩したまま、向かう先には……実行委員長の武道が！
「……悪いが。お前のお遊びに、これ以上付き合うつもりは無い」
　降りかかる火の粉は、払われるもの。例えそれが、どんなに小さなものであろうとも。
　身を挺しても委員長を守らんと立ち塞がるのは、楪 櫻。手に携えるは、必殺の居合いを繰り出す日本刀……！
　ではなく。なぜかサッカーの審判が使う、レフェリーフラッグでありました。まぁ不良相手とはいえ、真剣で斬りかかるわけにもいきませんものね。
　ともかく櫻は、刀代わりにフラッグを腰だめに構えると、やけくそで木刀を振り下ろす透遁の顔面めがけ……一閃！！
「はッ！！」
「ぶぎゃあ！？」
　べちぃんッ！　ただの旗とは思えない、その威力はまさしく、会心のイチゲキ！
　……櫻にとっては、目くらまし程度のつもりだったのですけれど。骨っぽく軽い透遁は、それだけで数メートルをぶっ飛び、更に数メートルの地面を転がってから、ぱたりと倒れ込み……ぴくぴくぴく。
「くだらん輩に、こいつをやらせる訳にはいかんのでな」
　ちょっぴり足をケイレンさせた後、動かなくなりました。南無！
　ここにマタ工の不良たち、体育祭を壊滅せんとするその企みは、完全に潰えたのでした。



「ほら、御舞鈴。あんた、このままでいいのかい？」
「んなカッコまでして、今さら何躊躇ってんだ。行けよ、拒まれやしねぇよ」
「け、けどさ……」
　いささかぶっきらぼうながら、姉御肌な頼れる桜崎 巴。何事にも当たって砕けろ精神の持ち主、ポジティブな七峯 亨に導かれ、グラウンドへと姿を見せた佐藤 御舞鈴は、二人の後ろに隠れて、何やらもじもじもじ。
　亨に敗北してからというものすっかりしおらしくなってしまい、柄にも無く引っ込み思案な一面を見せる彼女を、難波 辰がにやり、悪戯っぽく笑ってけしかけます。
「何ならもう一回、俺が誘惑したろか？　王苦は辰奈にメロメロやねん、ぐずぐずしとったら……」
「そっそれはダメっ！　女装男に負けて泣き寝入りなんて、いくらなんでも立ち直れやしないよ……！」
「女装やないねんけどな……まっそんなら、手遅れになる前に。ほれ、正々堂々、告白せい！」
　とん、と肩を押されて、御舞鈴は飛び出しました。
「へぇ……なかなか思い切ったじゃない？」
　と、栖来 衣夢が思わずそう言ったのも、無理からぬことではありました。
　コスプレには絶対のコダワリありな彼女の目の前で、御舞鈴の格好ときたら、破かれてしまった服の変わりに身につけた、相も変わらずスクール水着姿。
　そして……頭にはなぜか、ネコミミ！
「悪くないわよ、それ。愛しの彼のために、一肌脱いでみたってところかしらね？」
「い、言わないどくれ……！」
　少々マニアックな出で立ちではありましたけれど、衣夢からのお墨付きが出るくらいには、なかなかどうして、彼女も可愛らしいのでした。
「佐藤、お前ェ……そのネコミミ、俺のために……？」
「た、田中さんが好きだって言うから、アタイ……」
　気付けば、御舞鈴の艶姿を凝視する、彼女の想い人たる王苦。
「……行きな、御舞鈴」
「巴のアネゴ……」
　……いつの間にそんな呼び方に！
「正しい男の扱い方ってやつは、十分分かったろ。こんなとこでウジウジと腐ってないで、ほら。とっとと行ってきな！」
「わ、分かった……アタイ、頑張ってくる。だから見てておくれよ、アネゴ……！　あんたたちも、ありがと！」
　何かが吹っ切れたように、手を振って駆けていく御舞鈴。その足取りは、憑き物が落ちたように軽快です。
　かくして。
「……田中さんっ！」
「佐藤……！」
「アタイは、アタイは田中さんのことがーっ……！」
　御舞鈴は、王苦の分厚い……というかぷよっと肉厚な胸板めがけ、ぽーんっと軽やかに飛び込み、
「……大好きだーーーっ！」
「お、俺もだコラァーーーっ、ネコミミ最ッ高！！」
　むっぎゅ！　かたくかたく抱き合った二人を、寝子高生たちも、大いに祝福したということです。



「っつーわけで、悪かったなオラァ！！　マタ工生を代表して、謝罪させてもらうぜコラァ！！　すんませんしたーっ！！」
「壊しちまった備品の修理は、責任持ってアタイたちも手伝わせてもらうよ。その……悪かったね、あんたたち」
「なーに気にすんない！　丸く収まって良かったヨカッター☆」
　王苦と武道は、がっちり握手。王苦の傍ら、いまやべったりと張り付くように彼の腕を抱き込んだ御舞鈴へ、武道はぱちり。ウィンクを飛ばしました。
　浅沼 柳司も、ため息混じりに苦笑いを浮かべ、
「ったく、説教し足りん気分やけど……まぁ、もうこんなことはせんとってくれ。今度は、体育祭で決着つけようや」
　寝子高生と、マタ工生……それは、彼らの一部ではありましたけれど。こうして和解することができたのは、衝突しがちな両者の関係性を考えれば、喜ぶべきことでありましょう。
「寝子高の体育祭、楽しみにしていてくれ。当日は歓迎させてもらうよ」
　作戦がバッチリとはまり、爽やかな笑みを浮かべた八神 修。
　と、武道はふいに、
「ていうかさ、こんな行動力があるんなら、マタ工初の体育祭！　とか、頑張って開催できるんじゃない？　歴史が無いなら自分たちで作ろうぜ、な！」
「そうですね。その時は……私も、救護班として、お手伝いをさせてもらいますよ」
　にっこり！　優しい御巫 時子の言葉はもちろん、本心からのものです。
　すっかり彼女に懐いてしまったらしい鈴木 零斗などは、はしゃぎがちに、
「わあ、やったあ～！　ねえアニキ、やってみようよ～！」
「そうだよ、今ならきっと出来るさ！　アタイと田中さんの、愛の力でねっ♪　なーんて、きゃあー！　言っちまったよー！」
「自分たちで、か……考えもしなかったぜ。ここはいっちょ、やっちまうか？　マタ工体育祭、やっちまうかオラァ！！」
　……一転して、そんなことを言い始めるマタ工生たち。まぁ、楽しそうで何よりですけれど。
「ああ、その時は俺も、絶対に見に行かせてもらうよ」
　自分たちの手で守り切った、寝子高体育祭。胸を締める安堵と充足感に、武道は空を仰いで……そして、思いを馳せます。
　木天蓼工業高校体育祭！　いつか、本当にそんなものが開催される日だって、訪れるかも知れないのです。