【ころんでも、なかよし！】

「はいっ、じゃあドロボウさん、撮りますよー？」
「ぴーす！」
　椎名 あさひの向けたカメラに、捕まったドロボウさんこと柚瀬 玲音は、にっこりピース！
「あっ、せっかくだから真央ちゃんも一緒に写るのだ記念なのだ～」
「いおりも、いーれてっ！」
　牢屋の目印にと立っている後木 真央、玲音を捕まえた野坂 庵までもが一緒に。にかっと笑って、ぱちり！
　古めかしい、レトロ感たっぷりな二眼レフカメラは、あさひがひいおじいちゃんからもらった、大切なお気に入りです。何か好きなこと、楽しいことがあると、あさひはそのカメラでぱちりと撮影し、アルバムに収めるのが趣味。自分で現像だってしてしまう、かなりの本格派でもありました。
　ちなみに、鉄棒が並ぶこの牢屋エリアに、見張りを立ててはどうかと提案したのも、あさひだったりします。走るのが苦手な子でも、見張り役なら一緒に遊べるよね？　というやさしい配慮です。
　今、牢屋に閉じ込められているのは、玲音ひとり。彼女を捕まえた庵は、
「どうしてこんなことをしたんだ？　悪いことをしたら、罰が当たっちゃうんだぜー。今ならまだ間に合うから、ほら、いおりに全部打ち明けてみなさい」
「きいてよとっつぁーん。じつは外であそぶのがたのしすぎて、家にかえるのがおそくなって、いっつもおこられちゃってー」
　そこでは何やら、尋問ごっこ？　人情派な刑事さんが、捕まえた犯人に親身に話を聞くような……というより、悩み相談に乗ってくれる先生と生徒みたいにも見えますけれど。ともかく、どこかで見たようなやり取りが展開されたりしておりました。どちらも人懐こい性格のたまものか、ノリの良い二人です。
　そんな様子が可笑しくて、楽しくて。あさひはくすりと笑みをこぼしながら、もう一枚写真を……と。
　かさかさ、かさり。近くの茂みが動いた……？　と、思ったその瞬間！
　しゅぱ！
「……タッチ！　玲音、早く逃げる！」
「わ、ありがとー瑞麗君！」
　抜き足差し足でそっと近づき、茂みの中、葉っぱのついた小枝を持って隠れていた劉 瑞麗がしゅぱんと飛び出して、玲音の肩をタッチ！　二人は、一目散に逃げ出します。
「わわわ！　に、逃げられちゃった……って、瑞麗ちゃんすごい！？」
「おーっ、アクロバティックなのだ中国雑技団なのだ！？」
　目を見張る真央の前で、くるくるぴょーんと、華麗なジャンプで遊具を飛び越える瑞麗。そして、しゅたしゅたしゅたっと、再びあの大ドロボウめいた機敏な動きで逃げていく玲音。
　慌てて追いかけるあさひと庵は少々、余興の部分に力を入れすぎてしまったようです。
「玲音めー、正直に罪を告白したら、チャンスをあげようと思ってたのに！　捕まえたらくすぐりの刑だー、いくぞーあさひっ！」
「あはは！　よーし庵ちゃん、はさみうちにしちゃおうっ！」
「いってらっしゃいなのだみんな頑張るのだ～♪」
　でも何だか、そんなやり取りだって、楽しくて。
　手を振る真央に見送られながら、庵はががーっとローラシューズを滑らせつつ、ケータイを取り出しどこかへ連絡するフリ。
「牢屋から犯人が逃走ー！　しきゅー、公園内にひじょーせんを張れー！」
　そんな演技にも余念が無く。カメラを構えたあさひもまた、いつの間にやら先輩を追いかける、新人刑事のような立ち位置です。
　今日は、お気に入りの写真がいっぱい増えそう！
　あさひは胸をわくわくと躍らせながら、カメラを抱えて走ります。



　ざっくざっくざっく。
「いまのじだいは、あたまをつかわないとなの」
　大好きなお兄ちゃんとは分かれ、現在は単独行動。愛用のスコップでざくざくと土を掘り返すのは、鬼崎 未月です。
　その一見地味な作業を積み重ねた末、いつかは、寝子島に眠るという莫大な埋蔵金を見つけ出す！　のが目標。まことしやかに囁かれるそんな噂に、夢見るロマンチスト……というのはさておきまして、今彼女が土をほじくり返しているのは、壮大な夢に向かって邁進するのとは、ちょっと違っておりました。
　今日の彼女は仲間との連携を意識して、落とし穴のトラップを構築中。いつの間にか参加することになっていたケイドロですが、やるとなったら真剣なのでした。
　日々穴掘りに精を出している恩恵か、いざ走るとなったときにも、体力にだって自信アリです。
「……むむ、だれかきたなの、かくれるの」
　未月ははっとして、ささっと物陰に退避し、駆けてくる誰かを覗いてみますと。
「あたしの鼻は、警察犬より優秀だからな。ひとり残らず駆逐してやるから、覚悟しろーがおーっ」
「あまいですよーっ、バスケコートで小さな女王と呼ばれるつきこに、隙はないのですよ！」
　がおーっと追いかけるのは、八葉 あいら。一見クール系少女な彼女ですが、このイベントをひそかに心待ちにしていたらしく、全力で楽しんでいるようです。護身術として空手を習っているというだけあり、運動だってもちろん得意！
　軽快に逃げているのは、隣乃 着子です。最近始めたというバスケットでは、持ち前のスピードを活かしてめきめきと頭角を現しているところであり、まさに、コートの小さな女王と呼ぶにふさわしい走りっぷり！
　ちなみに、自称ですけれど。
　未月が陰から見守る中、着子とあいらは、どどどどーっと走りこんできます。
　この一角は公園の中でも奥まったところで、敷地内と外とを区切る、ちょっとしたフェンスがありました。着子はそこをめがけて、
「必殺ーっ、フェイント！　からのーっ、必殺カベ走りーっ！」
「おおっ！？」
　右へ行く……と見せかけて、すばっと左へ！　バスケでも大活躍、得意技のフェイントを決めると。驚きに目を見張るあいらをよそに、土を蹴って飛び上がった着子は、フェンスをがしゃがしゃと数歩蹴って、急転換！
　身軽な着子に、ちょっとばかり翻弄されてしまったあいら……と。
「あっ」
　物陰から、思わず発した声は、未月のものです。そう、勢い良く走ってきたあいらの目の前には、彼女の掘った落とし穴が！
「わー？」
　すってーん！！
　落とし穴につんのめったあいらは、見事、派手なモーションで盛大に転んでしまいました。
「いたたた……」
「だ、だいじょうぶなの……！？」
「わわ、ケガしちゃいましたね……」
　飛び出してきた未月と、着子の心配顔。あいらの膝小僧にできた擦り傷からは、ちょっと赤いものがにじんでおりました。
　特に未月は、自分の掘った穴で転ばせてしまったこともあり、泣きそうな顔で消毒薬と絆創膏を取り出します。
「そんなつもりじゃなかったのに……どうしよう。ごめんなさいなの……」
「痛かったですよね、ごめんなさいですー」
　着子はあいらの痛みを少しでも和らげようとしてか、彼女の身体をぎゅーっと抱いて、なでなで。未月は瞳を潤ませ、わたわたとしながらも、あいらの傷に応急手当を施します。
　文字通りに痛いハプニング……けれど、当のあいらはと言いますと、
「ん、このくらい、なんてことないぞ。ありがとう、もう痛くない……それにしても、着子の必殺ワザはすごかったし、未月の落とし穴にもびっくりだったなー」
　あっけらかんとして、応えた様子は無く。むしろ、結果的に連係プレイにしてやられてしまったことが、悔しかったりするくらいなのでした。
　でも、そんな悔しさが何だかイヤではないのは、きっとみんなや、目の前の二人と遊ぶのが楽しいからだと、あいらは言います。
「だから、謝らなくていいぞー未月？　それよりもっともっと、思いっきり遊ぼう！」
「うんうんっ！　もうお友達ですしねー、気にしない気にしない！」
「……おともだち？」
　その言葉に、ちょっぴり、きょとんとしてしまった未月ですけれど。
「わたしと……ともだちに、なってくれるの？」
「もちろんなのですよー！」
　にっこり着子は、未月もぎゅーっ。あいらだって、力強くうなずいてくれます。
　一人穴を掘る未月を心配した、お兄ちゃんに引っ張られてやってきた『ノラネコ会』。あまり気乗りしなかったはずの、このイベント。
　けれど、妹のこんな、花咲くような笑顔を見れば……お兄ちゃんだって、きっと安心してしまうはずです。
「うん……ありがとう。よろしくねっ」
　やがて、ここで生まれた交流は広がって、
『だいじょうぶ？　ちゃんとてあて、できた？』
「あっ、小淋さんももう、お友達なのですよー！」
　心配そうにやってきた浅山 小淋も、着子はぎゅーっ！　いきなりで戸惑いながらも、浮かべた小淋の笑顔には、あいらも未月もほっこり、なのでした。