＊陽気なケバブ屋は今日も元気に営業中
　移動ケバブ屋『Güle Güle!』はこの時、キャットストリートの開けて人通りのある場所に止まっていた。近くには手作りのポスターでどどん！　とこんな事が書かれていた。

『ドンドルマ売り尽くしセール中！』

（もう9月か……。夏も終わりとは早いもんだよねぇ）
　店の主である男性、バルシュ・コルテュルクは「こいつぁ、いけねぇ！　売り尽くさねぇと時期が終わっちまう！」とこのイベントを思いついたのである。キャットストリート付近にワゴンを止めて準備をし、お客さんがくれば、早速良く通る声で陽気に声を出す。
「のびぃ～る、のびぃ～るドンドルマ！　今を逃すと寝子島じゃあ食えなくなっちまうぜ！　今年は今日が最終日だ～！」
　と、アイスをぐにょーん、と伸ばしてパフォーマンス。棒でかき混ぜ引っ張ればもちもちとしたアイスが思いっきり伸びる。まるでお餅の様だがアイスである。因みにケバブも売っているのだが、プッシュする商品を時間帯によって変える事にしているそうだ。

（えっ、今日でアイス終わりなんですか！？）
　中学校の帰り道。八葉 るちるは看板とバルシュの声に思わず、と言った表情で屋台となるワゴンを見た。アイスの美味しさは年中無休の筈なのに……と残念がっている中、彼女は我に返る。普段であれば「アイスの前では校則なんて塵に等しい！」などと呟いて速攻で屋台へ走っていたかもしれないが、今日は妹と待ち合わせをしているのだ。
（……ふぅ、命拾いしましたね！！　るちるさん！）
　どこかきりっ、とした顔で、るちるはその場を後にするのであった。

（そんな美味しそうなアイスが売っていると聞いたら、買いに行くしかないでしょう！）
　風の噂で『この近くにケバブ屋が来ているらしい。しかも伸びるアイスも売っているようだ』と聞いた矢萩 秋は甘味を求めてやってきた。朝からしっかり働いている彼女の体は甘い物を欲していた。故に、彼女はお昼休みになるとここへやってきたのだ。
「よう、別嬪さん！　ドンドルマはどうだい？　売りつくしセール中だよ！」
　バルシュが早速パフォーマンス。アイスを伸ばして縮めて、ひょいっ、とコーンに乗せる。ところがそのまま手を離すも……アイスは落ちない。お客さんに渡す振りしてひょいっ、と上げたりすれば歓声が上がる。
「ドンドルマって名前なのね。それにしてもよく伸びるわ～」
　その動きに好奇心を刺激された秋だったが、小さくおなかがなって我に返る。
「……っと、つい見とれちゃったけど、お兄さん、ケパプとのびーるアイス一丁！」
「よーし、野菜も肉もしっかり入れておくぜ！　ソースはどうする？　色々あるよ！」
　バルシュが陽気に勧めれば、「そうねぇ……」と悩んでオーソドックスな物を選ぶ。支払いを済ませてケバブとドンドルマをもらい、早速口へ。ケバブはボリュームがあり、これだけでも元気が出そうである。新鮮な野菜が肉に合い、風味豊かである。一方、ドンドルマはまろやかで、口の中でももち持ちしている。バニラの風味も濃厚で秋の心に電流が走った。
「…………お兄さん」
「ん？　なんだい？」
「私を弟子にして！　このアイス、個人的に気に入った！」
「えっ？」
　バルシュは思わず目が点になる。こう言われたのは初めてだったからだ。しかし直ぐに照れてしまった。
「いやぁ、こう言われたのは初めてなんだよなぁ」
「私ゃ、このアイスは是非とも習得したい！　そして個人的に食べたいのよ！」
　その言葉に「ふむ……」と考えるバルシュ。このドンドルマにはサーレップ粉と呼ばれるラン科の植物の球根をすり潰して粉にした物を使用している。バルシュの記憶が正しければ日本では入手できる場所が少なかった。
　その熱意に絆されたバルシュはレシピと必要な物、作り方とコツを書いたメモを手渡すのであった。

（ふぅ……、緊張しっぱなしで身体ががちがちだ）
　どこか疲れた様子の飛吹 勘助はのんびり歩きながら、ふと、とある噂を思い出す。それは『寝子島に美味しいケバブ屋さんがあって、そのケバブとかのびるアイスが美味しい』という物。
（ケバブって何だろう？　美味しいのかな？）
　興味を持った勘助は探してみよう、と思いとりあえずシーサイドタウンへと向かった。その途中で、キャットロードに寄ろうとやって来た安本 マコトと浅山 小淋に出くわした。
「おっ、転入生じゃん！」
　マコトにそう言われどきっ、としてしまう勘助だったが、小淋が『そんなに硬くならなくても大丈夫ですよ』と笑顔でスケッチブックを見せれば少しは安心する。そして２人もキャットロードへ行くと言っていたので勘助は目的を話す。
『ケバブのお店ですか……。あの列ではないですか？』
　小淋が辺りを見渡し、１つの列を見つける。マコトが「ちょっとした人だかりになってんじゃん」と明るく言う。良く見ればケバブの屋台のようだった。
「夏休みに、どこかで見かけた気がするねー。いってみる？」
「そう、だね。あのアイス、すっごく面白いし……」
　勘助が言ったのは人だかりの奥から見えた白いアイスが棒から離れない様子。そのパフォーマンスが近くで見たくて、３人は並んでみる。
『本当に伸びるんですね……』
「あのパフォーマンス、面白すぎ！　女子ウケ超よさそうじゃん！」
　小淋が感心してみている横でマコトが楽しそうに指を鳴らす。勘助もまた興味深そうにみていたが……いつのまにやら注文のところまで来ていた。
「やあ、兄ちゃんに嬢ちゃん。食べていかないかい？　今なら学生さんにサービスするぜ！」
「それじゃ、ケバブ１つとドンドルマだっけ？それを３つ頂戴！」
　マコトがすらすら注文し、３人で食べる事に。その際、落ちそうで落ちないアイスの派フォーマンスに３人とも心から楽しくなる。
　出来たところで一緒に食べれば、野菜のしゃきしゃき感とジューシーな肉の風味、パンの香ばしさとソースの程よい味わいに心も解されていく。もちもちのアイスも甘くてとろとろでとっても美味しかった。
『こんなに美味しいものなのですね！』
「うん！　ケバブもボリュームもあってお腹にたまる、ね」
「これってサイコー！　すっげぇもっちりしててまろやかじゃん♪」
　いつのまにか三人ともお喋りしつつ楽しい時間を過ごしていた。その様子にバルシュも上機嫌だ。
「しっかり食べて勉強して、遊んじまえ。青春ってそんなもんだよ！」
「「『はいっ！』」」
　３人は笑顔で頷き、バルシュもまたにっこり笑った。

　因みにその帰り道。
【わあっ？！】
「うわっ！？」
　小淋はその途中で中学生ぐらいの女の子にぶつかってしまった。マコトと勘助は小淋と女の子を心配そうに見る。
「怪我は無い？」
　マコトが問えば、２人とも頷く。勘助も安堵の息を吐いた。
「すっ、すみません！　るちるさんってばどじっこで……」
　そこまで言って八葉 るちるは……はた、と考える。なんとなく、よくある話のパターンに似ていないか、と。
「これって……このシチュエーションって運命の出会い？！」
　ぱあぁ、と目を輝かせたるちるであったが、不思議そうに見つめる勘助とマコト、小淋の眼差しに少し恥ずかしくなる。
『怪我がなくて何よりです。お急ぎですか？』
　小淋がそういえば、るちるは「はいっ」と小さく答える。
「ケバブ屋に行くんです！　のびるアイスが呼んでいるです！」
　その言葉を聞き、マコトはなるほど、と頷いた。
「それだったら……あっちだよ。気を、つけてね」
　勘助にそういわれ、るちるは頭を下げた。

（思いのほか時間が掛かってしまいました……）
　るちるが到着すると、けっこう人が並んでいた。早速並んでもちもちのびのびのドンドルマを注文する。
（うわぁ、本当にもちもちでふわふわしていて……可愛い！）
　るちるはもちもちとした食感らしいドンドルマを、早く楽しみたいるちるなのであった。